ケアの継続性と総合診療医

 

 総合診療専門医のコア・コンピテンシーとしての包括統合アプローチは非常に多くの臨床能力を包含する領域である。総括的な内容は以下のとおりである。


 「プライマリ・ケアの現場では、疾患のごく初期の未分化で多様な訴えに対する適切な臨床推論に基づく診断・治療から、複数の慢性疾患の管理や複雑な健康問題に対する対処、更には健康増進や予防医療まで、多様な健康問題に対する包括的なアプローチが求められる。そうした包括的なアプローチは断片的に提供されるのではなく、地域に対する医療機関としての継続性、更には診療の継続性に基づく医師・患者の信頼関係を通じて、一貫性をもった統合的な形で提供される」(日本専門医機構:総合診療専門研修カリキュラムより)

 今回注目したのはこのコア・コンピテンシーの一般目標4及びそのサブ項目としての4つの個別目標である。

一般目標4:医師・患者関係の継続性、地域の医療機関としての地域住民や他の医療機 関との継続性、診療情報の継続性などを踏まえた医療・ケアを提供する能力を身につける。
個別目標1:患者の抱える健康問題について継続的に関わり、そこで得られた患者のコンテクストや 医師・患者間の信頼関係を診療に活かすことができる
個別目標2:患者・家族の抱える解決困難な苦悩に対しても、身近な存在として傾聴し支え続けるこ とができる
個別目標3:地域における自施設の役割を十分に理解し、長期的な地域との関係性を踏まえた医療・ ケアを提供することができる
個別目標4:診療情報の継続性を保ち、自己省察学術的利用に耐えうるように、過不足なく適切な 診療記録を記載することができる

 

 この一般目標及び4つの個別目標群は、ケアの継続性に関してその多面性を理解し、継続ケアのもつパワーを効果的に使い、継続ケアを維持するためのスキルを獲得することが総合診療医に求められることに由来したものであるといえるが、この辺りは家庭医療学の領域で幅広く研究されてきたものだが、内科系医師にはあまりなじみのないものかもしれないので、すこし解説してみたい。

 

 64歳男性、高血圧症でA総合診療医が12年間フォローアップしているが、同時に定期的な大腸がん検診を勧めているといった事例を考えてみよう。

 「継続的にみる」ということでまず思い浮かぶのがこうした特定の(慢性)疾患を同じ医師が治療し続けることであろう。確かに一般的な慢性疾患や健康危険因子の長期フォローアップは総合診療医の重要な役割であるが、さらに専門医への紹介のタイミングの理解,あらたに生じる健康問題への対応,ライフステージ毎に必要な予防医学的介入などは総合診療医による継続ケアの特徴といえるだろう。

 同じ医療者に長くケアされる継続性は縦断的継続性 (longitudinal continuity)と呼ばれる。これはいいかえれば,同じ医者にかかり続けることであり、それが継続性だと一般には思われているが、ケアの継続性はもっと多様な側面を持っている。
 

 次に、71歳男性が5年前に総合病院消化器外科にて早期胃がんにより胃切除術を受け、手術を実施した外科医B医師の外来に3ヶ月に1度通院していたが、特に問題はないため今回で定期診療は終了となった、という事例を考えてみる。

 この事例の継続性の基盤はあくまで「疾患」であり、治療の終了と同時に患者医師関係は終了する。こうした特定の健康問題が一定解決したのち、フォローアップ目的で総合診療医に患者が紹介される場合も近年増加している。また,転居などにともない、スムーズに医療内容が引き継がれる必要性が増してきており、正確な情報の整理や伝達が重要である。こうした情報の観点からみたケアの継続性を情報継続性(informational continuity)と呼ぶ場合がある。急な紹介や、知らないあいだに救急受診した先からの照会などに、自分以外の医師が診療録をみて適切な情報提供ができるようにカルテ記載ができることが目標になるだろう。  


 対比的に、24歳女性発熱,咽頭痛で受診,急性咽頭炎と診断されたが、その2年後、膀胱炎で再度同医師を受診した、というような事例を考えてみる。かかりつけ医としても期待される総合診療医の場合、疾患に由来した問題が解決すれば、患者医師関係が終了するかというと、そうではない。診療を通じて「またなにかあったらこの医師に相談しよう…」という思いがその患者に生まれることを目指しているからである。その患者の健康問題の解決のためのリソースとして,その医師が「かかりつけ医」として存在するようになることが,総合診療医がその地域で役に立つ医師になれる条件の一つである。
 では、地域住民がその医師を自分の「かかりつけ医」と認める条件とはなんだろうか。篠塚ら[1]によると以下の構成要因を満たす場合にその医師はかかりつけ医となるとされた。

  • よくコミュニケーションがとれ、話をよくきいてくれたり、わかりやすく説明してくれる
  •  受診のための環境がよく、居住地から近く,その医師の外来単位が多い
  • 自分の仕事や生活の様子、性格、価値観などが知られており、職種にかかわらず長く働いているスタッフがいること
  • 自分と同じ目線にたってくれて、自分の考えも言いやすく、何でも相談できて、意思決定に参加できる
  • しっかりとした知識や技術をもっていて、幅広い健康問題に対処できる。わからない場合、手におえない場合はすみやかに、適切な施設へ紹介してくれる

 ここに列挙した5つの要素は現代的な意味での総合診療医のコア属性となるものでもある。上述の診療ができれば、たった一回の診療でも、しっかりした医師患者関係が築かれることがあり、これは対人関係上の継続性(interpersonal continuity)と呼ばれる.
 

 次に58歳女性で、5年前に糖尿病といわれるも放置していたが、再度健診にてHbA1c8.8%を指摘されA総合診療医を受診。その後同医師に2週間に一度のペースで4回診察をうけ、糖尿病への意識が高まり食事療法、運動療法に取り組むようになったという事例を考えてみる。
 おなじ医師が継続的にみることで患者に何らかの変化が生じることはしばしば経験するところである。この事例では先述したinterpersonal continuityが構築され、強化された患者-医師関係のなかで糖尿病に対する行動が変容したと思われる。継続性のもつ「癒し」の効果や変化をもたらす力を示している。Feeman[2]らはこうしたケアの継続性のもつ力を有効に活用することが総合診療医に特徴的なスキルであるとしている。
 

[1]: 篠塚雅也, 大野毎子, 藤沼康樹, 松村真司. かかりつけ医に求められる条件についての質的研究. 病体生理. 2002, vol. 92, p. 19-23.

[2]: Freeman, G. K.; Olesen, F.; Hjortdahl, P. Continuity of care:   an essential element of modern general practice? Family Practice. 2003, vol. 20, p. 623–627.

 

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アカデミックな総合診療に参入する家庭医に向けて

 1966年、Ian McWhinneyが37歳のとき、医学においてある分野が専門性があるとされる条件について記述しています。それは、


(1) A unique field of action.(特異的な医療活動の場がある)
(2) A defined body of knowledge.(よく定義された知の体系がある)
(3) An active area of research.(活発に行われる研究の領域がある)
(4) A training which is intellectually rigorous.(知的にしっかりとした教育が存在する)

の4つ*1です。


 日本の総合診療はこの4つとも備えることができます。ただ(2)(3)に関しては家庭医療学をビルトインする必要がある。(1)はとりあえずプライマリ・ケア現場、(4)は真正のレジデンシー構築でいいでしょう。問題は(2)(3)です。

家庭医療の知の体系については、すでに家庭医療学の諸研究に基づくGeneralist Wheel*2により可視化されています。このGeneralist wheelの各象限と境界に関する知識や研究全体の統合がアカデミックな環境で総合診療を教育研究する上では必須。研究方法論としての量的研究、質的研究、混合研究法も知っておく必要がある。アカデミックな総合診療は知的に相当タフな領域ですが、チャレンジしがいがありますね。

 

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大学にこの春転出する総合系の若手の先生方も多いと思いますが、上記4つを常に頭に入れておいてほしいです。

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*1:Mcwhinney IR. General practice as an academic discipline: reflections after a visit to the United States. The Lancet 1966; 287(7434): 419-423

*2:Green LA. The research domain of family medicine. The Annals of Family Medicine 2004; 2(suppl 2): S23-S29.