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Reflectionと医学教育(Part1)

 月刊誌「治療」2013年4月増刊号 巻頭インタビューのダイジェストです。

 対話していただいたのは若手総合診療医の北村Drです。ありがとうございました。

 

北村:どういったことをきっかけに振り返りをしようと思われたのでしょうか?

藤沼:医学教育とか生涯教育のなかで振り返りについて強調したのは,恐らく私が日本で初めてだと思います.いまから10年ほど前,「いい指導医になりたい」と考え,教育を勉強しようと,スコットランドのダンディー大学の医学教育センターが提供している遠隔教育基盤のコースに参加しました.そのプログラムは教育理論をものすごく重視し,「学ぶとは何か,教えるとは何か」を教える教材が大量に送られてきました.そのなかに,教育とは「教師が何を教えたか」ではなく,「学習者が何を学んだのか」ということであると書いてあることに衝撃を受けました.こちらが一生懸命に教えたからといって,それはいい教育ではないということです.本当の学びとは知識や技術を注入するのではなく,自分で学び取っていくことであり,それが重要なのだといった,今でいう成人教育の基本的な枠組みのようなことが初めに提示されていて,私にとってはすごく新鮮でした.

 さらに勉強を進めていくうちに,ヨーロッパではreflectionを重視していることがわかってきました.reflectionのことを最初は「反省」だと思ったのですが,やがて「振り返り」という言葉で表現できることに気づきました.とても優秀で自分で伸びていく研修医がいますが,そういう方は自分の経験などをいろいろな形で振り返っているものだということを実感としてもっていましたからね.あたふたとただ課題をこなしていくだけでは,いい医者にはなれないのです.振り返りによって知識などが深く定着し,その過程のなかで成長し,言葉で表現する力もついてきます.

加えて,当時は研修医のメンタルヘルスが話題となっていました.2004年に医師臨床研修制度が見直され,初期臨床研修が義務化されたため,好むと好まざるとにかかわらずローテーション研修を行なわなければならなくなり,そうした環境に馴染まない人たちが出てきていました.そこで,「peer reflection(同僚の間で経験を共有し,振り返ること)が重要だ」と送られてきた教材に書いてあることを思い出し,自分が教えていた研修医に実践してもらいました.たとえば,「今日は看護師さんの機嫌が悪く,自分の話したことの何かがいけなかったのかと思い,悩んでいた」とある研修医がいうと,別の研修医から「同じようなことが私にもある」という話が出てきたりします.つまり,研修医が同じようにつまずくところがあるわけですが,上級医になると,なぜつまずくのかわからなくなってきます.だからこそ,研修医の間で経験を共有し,それを言語化し,理解してもらうというreflectionの過程が,メンタルヘルス的にも非常に重要だと実感しました.

 また,振り返りにはいろいろな側面があり,前述のとおり,研修医が技術や知識を得て定着させるための振り返りや,経験を共有するための振り返り,あるいは自分の感情的な動きの振り返りがあります.医業は感情労働でもあるので,感情労働者として成長していくための振り返りというものも大切です.そしてそれ以外に,優れたエキスパートになるための振り返りというのがあります.

 普段の医療行動,たとえばインフルエンザの治療などは自動的に行っているところがあり,振り返ったり本などで調べたりすることはめったにありません.このように現在備わっている力量だけでこなせる仕事はたくさんありますが,実際の現場では,定番の仕事のやり方だと「ちょっと違うな」ということも必ず出てきます.その場合は,人に聞いたり,文献などを調べたり,様子をみるなどして,みんな何とか切り抜けるものですが,実はその事後的にもう1度調べるか調べないかで,定着具合は全く違ってきます.きちんと振り返って言語化し,自分にとっての例外的な事例を取り込むことができれば,今後の仕事の幅が広がります.恐らく,現場のエキスパートはこういった振り返りを繰り返しているのだと思います.この振り返りを重ねる過程は,Donald Schönが提唱したreflective practitioner(省察的実践家)の成長の仕方と合致します.振り返りというのはプロフェッショナルとして総合的に成長していくためのキーワードです.

 

北村:感情的に振り返るというのは,なかなか難しい部分もあるかと思うのですが,工夫されていることなどはありますか?

 

藤沼:研修医やレジデントの振り返りにおいては,対人コミュニケーションの問題で感情が揺らいでいる人が圧倒的に多いです.「心電図が上手く読めなくてすごく落ち込んだ」という場合は,上手く読めるようになればいいというだけのことで,振り返る必要はあまりありませんからね.

 対人コミュニケーションで感情的に揺さぶられるというのは,ある意味で,その人の相当に深い部分に触れているということです.医師も対人コミュニケーションにおいては自分が出てしまいますし,自分の成育史と関係していることもあります.その結果,防衛的になったり,逆に自分の感情を出さないように抑え込んだりします.感情が出たならば,それはそれでいいのです.むしろ出ない場合が問題です.

 工夫していることとしては,私自身の経験から,「きっと苦労しただろうな」と思われることがあれば,ある程度の時間を確保したうえで,「患者さんと話してどうでしたか?」ということを聞き,いいやすい雰囲気をつくるようにしています.「自分の感情的なところを出しても大丈夫だ」という学習環境の安全を確保することが大事です.たとえば,「こんな大変な患者は診たくない」と研修医がいったときに,「お前は医者なんだろう」と指導医が一蹴したら,その研修医からそうした感情の表出が得られることは2度とないでしょう.しかし,「そうなんだね」という姿勢で聞けば,研修医も話をしやすくなりますからね.