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モダン・カンポウのパラダイムとジェネラリスト

 地域基盤型プライマリケア担当ジェネラリスト、すなわち家庭医としての診療の対象は、近年そのレンジが拡大してきている。特に高齢社会を背景にして、在宅ケアを初めてとして、複雑で困難な事例に対応することが求められつつある。従来の軽症の急性感染症と安定した慢性疾患の管理を行うといった外来診療のイメージが変容してきている。また、患者中心の医療という、患者と医師が共通基盤の形成を目指して、コミュニケーションを構築しながら診療を進めていくというスタイルが重視される。

 従来医師は、患者の症状を主訴に変換し、必要な身体診察や検査、画像診断を行い、医学的診断を下し、臨床研究にもとづく推奨エビデンスにもとづき、治療計画をたてるという教育を受ける。しかしながらプライマリケアの現場においては、医学的診断が下せる症状や苦痛はそれほど多くはない[1]。例えば、疲労感、食思不振、浮遊感などの症状に対応する機会は多いが、実際の診療では、生命に危険な疾患、積極治療が効を奏するであろう疾患を除外することが重要とされ、そうでなければ「大した問題ではない」となりがちである。一期一会の救急外来ならまだしも、困ったことがあったら、最初に相談できるという「かかりつけ」機能をもった家庭医ならば、それで「危険な病気はありませんから、様子を見てください」だけでない、なんらかの対応が必要な場合も多い。

 自分が漢方に興味をもったのはそのあたりの診療ストラテジーにきわめて有用な診療パラダイムを提供しているからである。特に症候論が直接治療に結びつくところが、従来の西洋医学的対症療法とは相当異なる。しかし病因論という直線的な因果関係に基づく西洋医学の考え方とはかなり異なるため、従来の医学教育では重視されてこなかったがゆえに、多くの医師は漢方の考えにとっつきにくさを感じているものである。直感的には、漢方の効能の研究には機械論ではなく、複雑性科学、特に複雑適応系のモデルが有用かもしれない。

 このことはジェネラリストの役割として重要な高齢者診療にも様々な示唆を与える。たとえば、誤嚥に対する半夏厚朴湯、虚弱高齢者に対する補中益気湯、BPSDに対する抑肝散、食思不振に対する六君子湯などは、すでに幅広く使用されつつあるが、これらの問題が、「生物医学的診断により問題を解決する」というパラダイムでは対応できない地域におけるCommonな健康問題だからである。

 漢方には深い源流があり、その膨大な知識経験体系は、そうそう簡単に習得できるものではない、しかし、ジェネラリストはある意味、役に立ちそうなものは、積極的にとりいれるという現実的かつ実践的な姿勢を持っているものである。そういう観点からこの書籍で提案されている二人の漢方の専門家によるモダンカンポウという、漢方による実践的患者アプローチの提案はわれわれ漢方「素人」にとっては、心強い武器となりうるだろう。

 

[1] LAMBERTS, H, et.al. Episode of care: a core concept in family practice. Journal of Family Practice, 1996, 42.2: 161-170.

 

このエントリーは、樫尾明彦、新見正則著「スーパージェネラリストに必要なモダンカンポウ」(新興医学出版社)の推薦の序として発表したものです。

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