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プライマリ・ケアにおいてなぜ家族志向が必要なのか?

 プライマリ・ケアを「初期診療のことでしょ」とか「軽症救急?」とか「基本的診療能力のことだろ」という認識がいまだに存在しているし、声の大きい(?)医学アカデミーの重鎮の間でまだまだそうした見解が蔓延している現状は残念ですが、まあ、経験したことがないんだからわからんのだろう、結局!っていいたいところをグッとこらえて、ちゃんと説明しなければならないのです、ハイ。で、Genuine Primary Careを説明するのに、もっとも適したテーマが家族志向性だとわたくしは考えております。ここでは、以前発表した家族志向性ケアの原稿の一部をリマスタリングして、再録してみます。

 

 プライマリ・ケアの実践において、なぜ家族志向性のアプローチがキーになるのか。以下の事例について考えてみよう。

 患者は5才女児、4ヶ月ぶりの受診。2年前からあなたのクリニックをかかりつけにしている。

主訴:一週間続く咳、鼻水

診断:急性上気道炎

 ここで、投薬処方、生活指導などをして診療を終了することもむろん可能であるが、あたかもカメラのズームレンズを広角に切り替えるように、全体をみてみよう。

 連れてきたのは32才の母親である。服装から妊娠している模様である。

「今、何ヶ月ですか?」

「7ヶ月にはいりました。」

「そうですか。順調ですか?」

「はい、おかげさまで。でも、この子の出産が帝王切開だったので、ちょっと不安ですけど。」

 さらに広角にしてみよう。

「旦那さんは、いろいろ手伝ってくれるんですか?笑」

「いや仕事がいそがしくて、なかなか・・・」

「たいへんですよね、では・・・」

と、ここで診療を終りにしようと考えて、最後に一つ質問してみる。

「なにか他にきになることありますか?」

「主人がタバコを吸うんですけど、家では換気扇の下で吸ってるんですけど、それで大丈夫なんでしょうか・・・」

 そこで、さらに広角にしてたずねてみると・・・

「ご両親はすこし手伝ってくれるのかな?」

「いや・・・主人の両親が実家の近くなんですけど、実は主人のお父さんが80才くらいなんですけど、最近物忘れとかがひどいらしくて、お母さんが病院に連れていってるみたいで、なんか大変みたいなんです。この子のときはいつも様子を見に来てくれたんですけど、ちょっと今は大変みたいで・・・」

「あれ、ご主人はおいくつなんですか。」

「44才です。だいぶ年上なんです。」

  

 そして、この診療の数ヶ月後にこの親子が再診となる。母親は生後4ヶ月の長男をかかえて、長女の嘔吐下痢について相談に来院した。診断はウイルス性胃腸炎。あなたは処方をかきながら、

「久しぶりですね。無事に生まれたんですね。」

 母子手帳を見ながら、3ヶ月の長男の予防接種が気になりきいてみる。

「予防注射は他でやってるの?」

「いえ、遅れ気味で・・・いそがしくて・・・下痢だとやっぱり保育園やすまないとだめですかね・・・」

 あなたは母親のやや元気のないようすが気になり

「だいぶ疲れてるの?育児が大変かな?」

「・・・実は、義理の父親の認知症がひどくて、お母さんも腰痛がわるくて、私が、毎日両親の家にいっていろいろ手伝ってるんです・・・」

「うわっ、それは大変ですね・・・」

 

 上記のエピソードは多少変更を加えているが、わたくしが実際に経験した事例を元にしている。患者としてやってきたのは、ウイルス感染症の女児である。しかし、その後の会話で明らかになってきたのは、家族内に様々な健康問題が存在することであった。

 この事例の経過において明らかになった問題点を整理してみる、

*女児のウイルス感染症

*母親の妊娠、出産

*父親の喫煙

*父方の祖父の認知症

*父方の祖母の腰痛

 必要とされるこれからのアプローチ考えてみよう。まず、女児が小学校入学前の準備が進んでいるかを確認したい。またあたらしく家族メンバーになった男児については予防接種のスケジューリングなどを丁寧に行いたいところである。

 そして、この女児の母親が出産直後に義父の介護をしなければならない状態となっていることは無視してはいけない。実はこうした状態は、晩婚や高齢出産のケースが多い現代ではそれほど稀ではない。そして、この母親の義父の認知症をケアしている医療者(通院だけの場合内科系医師だけであることも多い)がこの事態を知っているかどうかは非常に重要である。病院内科外来では、高血圧だけで長期に通院している場合、中等症程度の認知症が見逃されていることはしばしばあることを知っておきたい。場合によっては、担当医師に連絡することが必要になる。また、この母親については、うつ病適応障害などのメンタルヘルスの問題に関するスクリーニングが必要になるだろう。

 さらに焦点を当てるべきなのは、女児の父親が喫煙者で、いそがしくて家事や育児の援助をしていない事実である。医療者としてはDV(言葉によるものも含む)のリスクの可能性を考慮しつつ、喫煙へのアプローチの必要性と、育児についての情報提供、また介護をかかえる自分の妻の状態についての共有をしたいところである。次回両親とともに女児を再診させ、禁煙や、自身の妻への援助のしかたなどを話し合いたい。

 さて、患者として来院した女児は確かにウイルス感染症である。しかし、この女児の成長や発達を地域の中で支援する家庭医としての物の見方は、ウイルス感染症のケアにとどまらないことをこの事例は明示している。女児は家族の一員であり、家族の構造や状況は女児の健康に影響を及ぼし、また女児の健康が他の家族メンバーに影響をあたえうる。この至極自明であるが、現代の専門分化した医療システムのなかでは見失われがちな視点と、それに基づく臨床アプローチが、家族指向のプライマリ・ケアのコアの部分であるといえよう。

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