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米国家庭医療から何を学ぶか?患者中心のメディカルホームへ:Part 1

 プライマリ・ケアに携わる医師のトレーニングは、常にその国や地域のヘルスケアシステムから要請される医師像に依拠するものである。しかし、例えば心臓外科医ならば、心臓外科医にもとめられる臨床能力のコンテンツはヘルスケアシステムに依存することなく設定されるだろう。なぜなら、心臓外科医は、どの地域、どの国でも行う仕事は基本的に同じだからである。したがって、例えば日本で心臓外科をやるために米国でトレーニングをうけるというのは正当であるといえるだろう。しかし、プライマリ・ケアにおいてはこの心臓外科のトレーニングモデルを導入するのは、違和感がある。

 プライマリ・ケアを専門とする医師は、そういう点でSystem-oriented specialtyであるといえるだろう。従って、米国のプライマリ・ケア専門医の一つである家庭医療の実践内容や専門医研修プログラム(レジデンシー)が設定する教育目標やカリキュラムをそのまま日本に適用することは不可能である。しかし、米国のレジデンシーには、家庭医療が専門科として認められるようになってから、時代の変化に応じて、家庭医が果たすべき役割を検討し、質の向上に取り組み、様々な教育上のイノベーションを展開してきた歴史がある。


 Taylor*1は、米国家庭医療の歴史には3つの時代区分があるとして、その時代の背景、家庭医療の状況、その時代に必要だったリーダーシップのタイプについて論述している。整理してみると以下のようになる 。

The early years  1960年台~70年台後半   黎明時代 ゲリラ 戦士型|
The growth years  1970年台から90年台    成長時代 マネージャー型
The emerging years 1990年台後半から現在まで 新時代  ファシリテータ型 

 

 米国には、過度の専門分化により身近に質のよいかかりつけ医が失われているという市民団体の問題提起を受けて、国家として家庭医療の専門医を発足させた歴史があるが、実は世界的にみると、医学界内部からジェネラリストの必要性の認識が高まり、その教育や研究を切り出して部門として独立させたという歴史はないといってよい。

 例えば英国のNHSにおけるGPの役割は、保健医療政策から生み出されたものである。プライマリ・ケア重視のヘルスケアシステムの構築を決定し、そのシステムに必要なのがGP(general practitioner)であるから、既存の医師をGPにtransformすべしという政策にもとづいている。つまり、英国の医師集団がGPDrivienのヘルスケアシステムを生み出したわけではない。そもそも英国においてGPが独自の学会(RCGP)をつくることを医師会がみとめたのは、1953年であり、歴史的にはそれほどふるいことではない。それ以前にGPが独自に学会を作ろうとしたときにそれをブロックしたのは、実は内科学会と外科学会であったとされている。それは、「いや、そんな独立するなんていわないで一緒にやればいいじゃないか」というのが内科学会や外科学会らの主張であった。そしてRCGPの設立を実質的にサポートしたのは当時の英国厚生省であった。


 2015年現在、日本における総合診療の専門性の確立に関しては、市民レベルと政策レベル双方から期待されて進んでいる事は、これまでの各国の経験と相似であるといえるだろう。そして、既存の医学アカデミーが最後のバリアになっていることも、これまた世界史の上では定番の動きである。


 さて、米国では1960年台に入って、公民権運動、女性解放運動、ベトナム反戦運動などに象徴される時代背景をもとに、市民運動として家庭医療の確立が求められるようになった。家庭医療は当時の医学エスタブリッシュメントに対するいわばカウンターカルチャーであり、その推進者はファウンダーらしい独特の個性とある種の野蛮なリーダーシップを兼ね備えていたという。その後、多くの医学生がレジデンシーに参入するようになり、急速に家庭医療の展開規模が大きくなり、診療、教育、研究いずれも大きな展開がもとめられる状況になり、有能なマネージャーがリーダーとして必要とされた。その後米国の医療環境が変化するにつれ、家庭医療の道をえらぶ医学生が減少するようになったが、様々な交渉や変化に適応し、連携やイノベーションを生み出すことが求められるようになり、組織ファシリテータとしての役割がリーダーに求められるようになっている。

 外からみると米国の家庭医療には盤石の基盤があるようにみえるが、必ずしもそうではない。英国のようにヘルスケアシステム(National health service)上、GP(家庭医)の役割が明確に位置づけられているがゆえに、存立基盤に関して根本的な問い直しを必要としない国と違って、ある意味で米国の家庭医療は「存在論的不安」につねに直面しているといってよいだろう。定期的に開催されているKey Stoneカンファレンスに代表されるように、常に自らの現状を見つめなおし、課題を設定し、改革を行い、評価することを継続し続けてきた。そのダイナミックな改革の取り組みの経験から、日本がプライマリ・ケアの再編を構想するために学ぶことは極めて多い。

 では、日本のプライマリ・ケアは米国家庭医療の試みから、今どんなを学ぶことができるだろうか。次のブログ・エントリーでは、2000年代前半よりに米国家庭医療学会が一貫して重視し、取り組んでいる患者中心のメディカル・ホーム(Patient centered medical home:PCMH)のプロジェクトを紹介する。さらに、家庭医資格の維持と生涯教育を連動させようとする資格更新制度を紹介したいと思う。

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アジサイ

*1:Taylor, R. B.. The promise of family medicine: history, leadership, and the age of aquarius. The Journal of the American Board of Family Medicine, 19(2): 183-190 2006