看護理論を多職種カンファレンスに活かす

 昨年はケアマネージメントに関する検討会に医師として出席する機会が多くありました。およそ20回にわたるその検討会には、主として首都圏のケアマネージャー達が担当しているとびきりの困難事例が持ち込まれます。そして、各地から集まったケースワーカー理学療法士作業療法士、看護師、行政担当者、薬剤師、医師などの各種専門職との対話や討論を通じて、ケアマネージメントの方向性を見出していこうという実験的検討会でした。ここでいうとびきりの困難事例というのはたとえば、以下のようなケースです。

 ある神経難病をかかえた初老の一人暮らしの女性で、援助者に対してひたすら罵倒しつづけ、担当するケアマネージャーが次々とメンタル不調に陥ってしまうケース。

 幼いころから、住み込み店員をやっていた初老の男性が、認知症の進行のためか店での失禁をきっかけに職を失い、また赤ん坊のころから面倒をみていたその店の娘に、職をうしなっても金をせびられ、本人の住むアパートの部屋はガラクタがうず高く積まれ、「かまくら」のようになっているようなケース。

 この検討会においては、助言者として参加している専門職の方たちが、そのケースの当事者ではないというところが、非常に興味深く議論が展開するキーだと思いました。当事者ではないことで、それぞれの専門職から、俯瞰的なコメントが発せられ、「はっ」とすることも多かったのです。そして、そうしたコメントを通じてそれぞれの職種の専門性についての気づきを多く得ることができたのです。
 ちなみに、こうしたケースにおいては、医師による医学的アドバイスといったものはあまり役にたたないのではないかと思われるかもしれませんが、実はそうでもありません。たとえば診断名というラベリングは事態に一定の枠組みをあたえるという点で有効な場合があります。たとえば精神遅滞学習障害、薬剤の副作用などがケアマネージメントの方向性に大きな影響を与えうる場合があります。
 ところで、こうした事例で判断や援助実践を構築していく際に直面するのは、きわめて哲学的な命題であることが多いと思いました。それは「健康とはなにか?」「人間は何のために生きるのか?」「死とはなにか?」「幸せってなんのこと?」といった、オトナになったらそういうことを面とむかって討議するのは気恥ずかしくなるテーマ群です。

 ところで、この検討会でこうした問題群につながるシャープなコメントを連発するベテラン訪問看護師の方に出会いました。彼女は日常的に看護理論を参照しているとのことで、その発言に非常に啓発されたのでした。
 看護学には,看護実践の理論的基盤を構築する分野があり,その結実が様々な看護理論として発表されています。看護理論には比較的個別の看護実践をとりあつかう中理論から,コスモロジーも射程にいれている大理論まで様々な立場のものがあって,これが決定版といったものがあるわけではありません。しかし,メタパラダイム(ある学問を体系化するための概念的枠組みのこと)の視点から看護学をみてみると,看護学におけるメタパラダイムとは、 4つの概念すなわち「人間」「環境」「健康」「看護」か ら成 り立っていますが、これらを明らかにしていこうという試みが看護理論構築といえると思います。
 たとえばヴァージニア・ヘンダーソンの看護理論においては,人間とは以下の14の基本的ニードを持ち、必要なだけの体力、意志力、知識を持てば自立していける存在である,という定義がされていますが、人間の構成要因を明らかにしようという試みにも見えます。

**14の基本的ニード**

  • 正常に呼吸する

  • 適切に飲食する

  • 身体の老廃物を排泄する

  • 移動する、好ましい肢位を保持する

  • 眠る、休息する

  • 適当な衣類を選び、着たり脱いだりする

  • 衣類の調節と環境の調整により、体温を正常範囲に保持する

  • 身体を清潔に保ち、身だしなみを整え、皮膚を保護する

  • 環境の危険因子を避け、また、他者を傷害しない
・他者とのコミュニケーションを持ち、情動、ニード、恐怖、意見などを表出する

  • 自分の信仰に従って礼拝する
・達成感のあるような形で仕事をする

  • 遊び、あるいはさまざまな種類のレクリエーションに参加する

  • 「正常」発達および健康を導くような学習をし、発見をし、あるいは好奇心を満足させる

 実は,こうした枠組みは,先にのべた困難事例の検討にとってきわめて有用な分析の方向性を提供してくれると思いました。しかもこれは援助にかかわる職種に共通の規範的枠組みになりうるとも思いました。

 例えば、わずかに家庭医療学を除いて,一般的に医学はこうした議論は苦手です。医師は様々なバリエーションの生物機械論と,個々の医師の由来不明のオレ流価値観にもとづいて人間をとらえていることが多いように思います。
 看護理論には様々なバリエーションがありますし、日本発の「科学的看護論」といった「大理論」も存在しています。ただ、いずれにしても,看護学はすべての医療職が参照すべき学問分野であり,看護理論から多くを学ぶことができることを強調しておきたいと思います。

 

参考文献:ヴァージニア ヘンダーソン (著) 湯槇 ます (翻訳)「看護の基本となるもの(再新装版)」 日本看護協会出版会

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