医学教育について15年前に考えていたこと

 今回は、今から15年ほど前、卒後臨床研修必修化直前に日本医療評価機構日本医師会の合同で開催されたシンポジウムでの僕の講演記録です。非常に古いものなのですが、当時医学教育にかなり燃えていた時期でした。
 もう15年前なので、話の内容はそうとう古くなっています。しかし、おそらく当時の卒後研修の変革前夜の熱さをちょっと感じることができると思い、エントリーにすることにしました。
 では、はじまります〜

 

司会 それでは、続きまして、藤沼先生。藤沼先生は、家庭医療学センターのセンター長でございます。新潟大学の医学部を卒業され、大変臨床研修に関心が高くて、家庭医療学にも関係しておられますし、また日本プライマリ・ケア学会等にも関連が深い先生でございます。どうぞ先生、よろしくお願いします。


藤沼 どうもありがとうございます。きょうは、表題についてのお話をさせていただける機会をいただいて、本当に光栄に思っております。 私は、いくつかの顔がありまして、一つは診療所の所長で、○○先生と同じように日本医師会のA会員でありまして、東京都の北区医師会で普通に医師会業務をやっております。また勤務している生協浮間診療所に併設している北部東京家庭医療学センターというところで家庭医療学関係の研究や教育にも携わっております。また医学教育全般に関心がありまして、一応自分では、専門は家庭医療学と医学教育学であると自称しています。


 きょうは、特に評価についてというお話だったので、私たちの施設における実践も交えながら私が学んでいる医学教育学の観点から、アセスメントとかエバリュエーションというのが、最近どういう動きになっているかということをちょっとお話ししたいと思います。 


 私は現在スコットランドにあるダンディ大学というところの医学教育学センターというセクションが提供している、遠隔教育による医学教育学のコースを受講しております。実際勉強している領域は、「カリキュラム開発」、それから「ティーチング・アンド・ラーニング」といって、これは教育学原論みたいなものです。それから、「アセスメント」というのは評価、きょう話題になっているものです。それから、「教育学研究」、そして「教材開発」といった内容をカバーしていまして、このコースの学生はみんな現場で教育に携わっている医師がほとんどです。診療等の仕事もやり、現場で学生を教えながら、それをセンターの方にフィードバックして、向こうからフィードバックしてもらうというようなコースです。
 先日佐賀で行われた医学教育学会に、ダンディ大学医学教育学センターの前主任教授のハーデン教授がいらっしゃいまして、ミーハーっぽいのですが笑、一緒に写真を撮らせてもらったりしました。

 

 実は、このコースを始めるときに、私は卒後研修に関心があるのだということをまずチューターにお話ししたら、だったら、向こうのチューター、まあサイコロジストなのですけれども、日本の卒前教育の問題点を一応整理しておきましょうというメールをいただきまして、いろいろ文献を向こうにも渡したり、レポート書いたりして、最終的にこういう結論になりました。  
 一つは、例えば何々大学医学部を卒業した時点では、うちの卒業生はこういう能力を持っているということが明確でない、つまり教育目標がハッキリしていないということが一つ。
 それから、実際にやってみる経験というのは少ないということで、クラークシップとかが従来少なかった。
 それから、とにかく最後に総括する評価、つまりhigh-stake testと言われているものが、実はかなりの部分が知識の想起を中心とするという国家試験になっているために、学習自体がsurface learning、つまり表層的な学習になって、deep learningつまり深い学習をすることはむしろ国家試験をパスするためには、ちょっと危ないと。なぜなら、全体をひろく、まんべんなくカバーしないと、深みにはまって試験に落ちますので、だから学生は余り深みにはまるのを拒否するのです。
 それから、あとはやっぱり情報をかき集める。問題解決にも、情報をかき集めるという方に主眼が置かれている。つまり、学生は教育目標よりも評価を見て、その学習スタイルを決めるものなのです。
 それから、例えばイギリスだと医学部は5年あるいは6年制なのですけれども、3年、4年、5年となるたび、だんだん医者らしくなってきたねという話になるんですけれども、日本の医学部の場合はいつまでも学生であるということです。メンタリティが、プロフェッショナルという形で涵養されていかないということがある。
 それから、あとは、まあ、これが向こうの先生がびっくりしたのですけれども、国試合格したら、突然医師免許が来て、しかも責任としては医師の責任をとらされるということで、この格差たるや大変なものがあって、これをかなり向こうの先生は問題視していました。相当ドロップアウトがいるのではないか。あるいは、デプレッションになったりとか、メンタルプロブレムを抱えたりとか、転科だとか、そういったことがふえるのではないかということを言っていました。
 それから、あとは病院ベースの教育が圧倒的で、地域ベース教育がないということが問題とされました。
 このあたりの問題を抱えた学生が、卒後研修に参入してくるのだということです。

 
 今の医学教育全体の世界的な流れ、トレンドですけれども、かつては、とにかく今、現時点でできる力をたくさんつける、あるいは、今、覚えている知識をたくさんつけるということを目標にして、とにかく講義をたくさんやり、実践もたくさんやるという形だったのですが、世界的には、もう全部教えるのは不可能、無理だという前提に立って、むしろcapabilityを、つまり今後自分で学び取っていける力をつけた方がいいと。自分の診療のコンテキストに沿って、きちっと自分で学習し、成長できるような医者を育てた方がいいのだということで、自己決定型学習法ですとか、あるいは問題解決、あとはモチベーションをきちっと維持する力とか、そういったことを養っていく方がいいのだという方向に流れています。これは実は日本の初等教育で盛んに言われている生きる力を養う教育とパラレルなものであるというふうに思っているのですけれども、これが今の世界の医学教育のいろんな改変を支える中心的なコンセプトといえます。Education for capabilityという考え方です。


 そういうずっと生涯にわたって伸びていく医者のためのカリキュラムの要件というのは、既にいろんな研究があります。一つはコア・カリキュラムをきちっとつくることです。コア・カリキュラムをつくるということは、要するに教育目標がきちっとしているということです。しかも教育目標はできるだけ少なく厳選されている方がいい。コアは小さければ小さいほど逆に得るものは大きいと言われています。そして、その学習者のニーズとモチベーションに合わせたエレクティブをきちっとやらせる。選択をきちっと用意するということが重要なのだというふうに言われています。  
 それから、あとは、実際にやってみる。見学ではなく実践であると。クリニカル・クラークシップ、あるいはクリニカル・ラボだとか、模擬患者、シミュレーターみたいなものをきちっと用意して、実際自分でやってみるということを保証していかなければいけない。  
 そして、教育の場として地域を重視しろと。これは今、本当に世界的な傾向です。イギリスでは、病院では余り身体診察を教えるほど患者がいないので、ほとんど診療所でGP(家庭医)がヒストリー・アンド・フィジカルあるいは、いわゆるclinical methodは全部教えるという形になっています。また、診療所とかコミュニティでの問題解決の仕方と病院の問題解決の仕方は質的に全く違うので、例えば、使うリソースに関しては地域では、保健、福祉のリソースを使ったりします。大きな病院の問題解決のやり方がそのまま地域で通用するわけではないということです。コミュニティとホスピタル、両方併用して、きちっと経験する必要があるのだということを明らかにしているという点で、まあ、そういうところからみてみると、日本における今回の卒後臨床研修の改革はなかなかいいというふうに思います。  
 それから、これもすごく言われているのですけれども、generic competence、一般能力と言われているものの教育が重視されます。まあ、社会人としての医師の一般能力みたいなもので、例えばマネジメント能力、チームワーク、コミュニケーション、問題解決みたいな、こういったことをきちっと教育するのだと。例えばダンディ大学ですと、解剖学のときにコミュニケーションスキルを評価しています。また、ちゃんとプレゼンテーションができるか、あるいは仲間うちで相談して役割分担がうまくできるかみたいなことも全部評価されていますから、この神経の名前は何だみたいな、そういう暗記した知識だけで点数がついているわけではないということになっています。  


 これらの視点から見ると、今度の新臨床研修制度は、非常に大きな変化だなと思っています。一つは、プログラム、カリキュラム単位の認定になった。これはすごいことでありまして、施設の規模とか、施設の医療内容によって研修ができるかどうかを判定したのが、実質的に教育で判断することをめざすようになった。それから、もう一つは、learning outcomesという、これは教育学用語で、研修最終教育目標みたいなものですけれども、それが明示されたということ。この目標がクリアできるように、研修内容を組織化するカリキュラムを開発しなければいけない。これは実はoutcome-based medical educationという、目標から何を教えるかを考えていこうという、そういう従来の教育のベクトルの完全な逆転でありまして、これはもう非常に大きなことです。例えば大学でもしlearning outcomesがはっきりしていなければ、つまり卒業時点でこういうことができるということが設定されていなければ、例えば第一内科をローテーションしたときに何を教えるか決定できませんから、第一内科で教える内容を厚生労働省が明示したということは、すごく大きいと思います。まあ今までは、第一内科の教官が自分の教えたい事、あるいは興味のあること、あるいは教室のテーマなんかを教えていたわけですからね。outcome-based medical educationは医学教育カリキュラム開発における世界的な流れです。  


 では、ラーニング・アウトカムズ(教育目標)って一体何だという、つまり、最終的な目標は何だということです。これはダンディ大学のlearning outcomesというコースのテーマでした。
 まず、「できる」こと、それからそれを「適切にできる」こと、そしてやっている医者が「プロフェッショナルである」という、これらが教育目標における三つのゾーンを構成しています。そのゾーン毎にさらに細かな目標を設定したりしています。
 私が現時点で運営している卒後初期研修プログラムのlearning outcomesですけれども、歴史的に言うと1982年に非常に小さな小規模病院を中心とした、まあ、厚生労働省からは全く認可されない、「インディーズ・プログラム」と私は言っていましたけれども、インディーズの地域医療のプログラムが立ち上がって、私は83年にこれに参加しています。その後、ずっとインディーズでやっていたけれども、30人以上が私たちのところから卒業して、いろんな病院で活躍されています。そして、この数年は地域のいろいろなニーズに合わせて、家庭医養成プログラムに再編成しています。
 このプログラムの見直しの時は、本日いらしている○○先生等にもいろいろアドバイスをいただいたのですけれども、そして2004年から、私たちのところの法人の王子生協病院というところを管理型の研修病院、ここは150床ですけれども、いろんな周辺の医療機関と連携を組んで、卒後臨床研修プログラムの認定を今申請しているところであります。


 さて、WHOのチャールズ・ボレンが提起した21世紀に求められる医師像ということで、ファイブ・スター・ドクターつまり「五つ星医」というのが提起されていまして、これが私たちの最終的な医師像だ、というふうに設定しています。
 一つ目は、家庭や地域の文脈の中で、患者中心の医療が実施でき、予防医療、ヘルス・プロモーション、患者教育、週末期医療を科学的根拠に基づいて高い水準で行うことができる。そのために、生涯教育を自己決定的に実施できるという、これをヘルス・ケア・プロバイダーというふうに言って、一つ目の星(スター)にしています。  
 次に、患者ケアや施設やチームの運営において、倫理的に妥当で、かつ費用対効果を勘案して意思決定ができるという、この部分がディシジョン・メーカーという星とされます。
 それから、3番目が、患者と効果的なコミュニケーションを行うことができ、長期にわたる信頼関係を構築できる。また、医療チームメンバー、さらには地域住民とのコミュニケーションに優れ、エンパワーメントすることができる。私たちは地域医療期間で、診療所とか小病院でやっていますので、こういうことがすごく重要なのですけれども、これをコミュニケーターという星になっています。  
 それから、地域からの信頼を勝ち得ており、地域における優先度の高い健康問題を同定し取り組むことができる。個別ケアと地域ケアのギャップを橋渡しできる。日本の場合、診療所をやっていますと、診療所でやっている個別ケアの部分と、それから保健センターとか行政がやっているパブリックヘルスの部分の乖離が物すごく大きくて、その真ん中の領域というのは非常に抜けているのです。小集団の健康問題とか、そういったことに関しては、すごく日本では抜けている部分だと思っていて、そのあたりはやっぱり日本では家庭医がやる仕事だろうと思っていますが、これをWHOではコミュニティリーダーという星として設定しています。
 5つ目の星は、患者や地域のニーズにあわせて、施設内外の医療・保健チームの中で協調的に必要な役割を果たすことができる。これは、マネージャーと呼ばれます。
 そして、プログラム開発を行うということは、この五つの最終的なlearning outcomesにどう到達するかということをどう評価するかということになるわけです。


 私がきょう、お話しするプログラムの評価というのは、研修医のミクロレベルの評価が中心です。例えばこういう評価システムをつくりましたが、実際に本当にそれは正しいのかとか、信頼性とか妥当性はどうなのかという話になります。そのあたりを教育学的観点からお話ししたいと思います。  
 一つは、こういうアセスメントの話を考えるときに非常に有用な図がありまして、これはミラーという人が、1990年に出した論文の中に使っている図で、コンピテンスというのは、この四つの段階で考えなければいけないといっています。一つは、「Knows」、そのことは知っていますということです。知識として知っている。「Knows how」というのは、これはその知識を一応、応用問題として生かすことができる。例えば国試で言うと臨床問題みたいなものにその知識を使うことができるということです。patient management problemとか、そういうふうに言われているような試験でよく使われます。「Shows how」というのは、その知識を実際に実施できる。公表としてできる、示せるということです。ただし、ある限定した場面です。そして、「Does」というのは、これは実際に診療の現場でやれるということです。実際に働いている場所でやれるという、この四つのレベルに分けて考えろといっています。
 「authenticity」というのは、真正性といって、教育学的に非常に妥当性が高いという意味なのですけれども、真正性は、私達の文脈でいうとより現場妥当性が高いってことだと思いますが、できるだけ現場でのカリキュラム開発の方向に持っていった方がいいというふうに言われています。  
 実際に評価法は、世界的にはもうずっと40年近くかけて徐々に形成されてきているのですけれども、Knowsについては、例えばマルチプルチョイスとか、多種選択問題とかで評価します。それは知っているかどうかを評価しているのです。Knows howというのは、やっぱりマルチプルチョイスで評価できるようになってきました。例えば今の医師国家試験というのは、マルチプルチョイスだけれども、Knows howの部分を評価することはできます。Shows howの部分は、最近非常に注目されていますけれども、OSCEという、ここでは詳しく言いませんけれども、先ほど写真に出たハーデン教授が開発したのですが、これが開発されたのが1975年ですから、もう30年たっているのです。
 では、Doesの部分、ではこの部分をどうするのかという、実際にやっているところをどう評価するか。例えばエスタブリッシュされた医者を評価できるのかという。例えば10年目の医者の評価は、どういうふうにするのだという問題というのは、実はつい最近まで余り発達しなくて、2000年前後ぐらいからかなりいろんなペーパーが出てきているという、非常に新しい領域です。日本はやっとOSCEが出てきて、このShows howの部分を評価するようになりましたが、それが実際に卒前なんかで、かなり導入されているわけです。
 Doesの部分では、実地臨床を評価する方法はまだ研究途上です。これをやれば一発でわかりますよというのは、まだ開発されていないということになっているらしいです。最近いろいろ言われているのは、mini clinical examination、後で紹介しますが、それからポートフォリオという、このふたつがパフォーマンス評価のところでいいのではないかというふうに言われているようです。
 mini clinical examinationというのは、米国内科専門医認定機構というところの依頼を受けて、ノルチーニという教育学者の方が開発をしました。とにかくレジデントの患者の診療を短時間で観察する。約10分から20分。ある評価表に沿って評価する。そして、一般能力の評価をレーティングスケールで評価する。例えばこういう実地パフォーマンス評価のとき一番問題になるのは、たまたまレジデントが相性のいい患者と合ったからすごくよい点数がついたのではないかという、まあ症例特異性というのですけれども、そういったことが物すごく問題になるので、できるだけたくさんいろいろの人が、いろいろの場面で評価した方が、信頼性が上がるということになっています。ですから、これはすごく短い時間でできて、割と手軽にできるし、4回以上やるとかなり信頼性が向上するという結果が出ているようです。実際の項目は、資料に載せましたけれども、例えば医療面接、メディカル・インタビュースキルはちゃんとできていますかというのを評価します。それから、身体診察。人間性とかプロフェッショナリズム、臨床判断、いろいろ書いてあります。実際の用紙はこういう用紙でありまして、何枚かつづりになっていまして、例えばここにメディカルインタビュー、1から9までグレーディングします。それはどれかというふうに、見た人が丸をするわけです。そんなのでわかるのかと思われるかもしれませんが、実はメディカルインタビューの構成要素を例えば100項目ぐらい挙げて、全部逐一こうやってチェックしたのと、実際にメディカルインタビューは、全体としてどうでしたという評価と、実際よく相関すると言われているのです。だから、余り細かくやらなくても、その点について経験のある人が見れば、かなり信頼度の高い評価が可能だという研究が出ています。評価したら、その場でめくって、それを研修医に渡して、君の評価、今こうだというふうにしていた。「どうして僕はここ6なのですか」と言われたら、そこについてディスカッションして、即フィードバックをするという形でやっていく。これが今いろんな領域で、特にアメリカではやっているようです。


 もう一つ、実はきょう、私が一番お話したいところでもあるのですが、先ほどの、ただミラーの三角形というのは、いわゆる診断治療領域の知識、技能、態度というようなもの中心にしているのですけれども、実はこれからの医者というのはそれだけではだめで、学び方を知っているとか、自己洞察、リーダーシップ、チーム運営、メタ認知、表現力とかreflection(振り返る力)だとか、こういったことをきちっとできるということがすごく求められていると言われていて、この三角形のところにメタスキルという形で当てはめて、これも同時にやらなければいけないのだと。先ほど○○先生でしたか、おっしゃっていたようなことというのは、実はこの領域に当てはまるというふうに考えられると思うのです。


 医師という一つのプロフェッショナルに必要な要件、つまり言い換えればプロフェッショナリズムの実質的な内容というのは、これはマーストリヒト大学のスライドを日本語にしたのですけれども、三つの領域があるようです。一つは、「仕事をうまくやっていける」部分に関するものです。ちゃんと効率的にマネジメントしたり、生涯学習ができたり、自分の限界も知っているというのが一つの領域。それから、2つ目の領域は「ほかの人とうまくやっていく」ということについてです。たとえばチームのメンバーの役割を果たせる。ほかのメンバーに責任がとれる。あるいはdysfunction colleaguesというのですけれども、問題のある同僚にきちっと物が言えるのが実はプロフェッショナリズムだと。それから、3つ目は「自分自身に対してうまくやっていく」ということで、自分の行動を批判的に見直したり、あるいは他からのフィードバックに対してオープンである。何でも言ってくれと。あるいは、みんなで自分たちの診療の内容とかをチェックしようと。そういうような態度を持つということがプロフェッショナリズムだと。このところをきちっと見るために、振り返りということが今盛んに言われていて、看護領域ではものすごく盛んにやられています。チューターをつけて、毎日振り返りしていますよね。それを私は医学教育、卒後研修に応用したのです。


 今までの日本の卒後研修の中心的な教育ストラテジーは、とにかくたくさん患者を診て、たくさんいろいろなケースに出会うことしかなかったと言われていたのですけれども、実はこの間、来日したボルダージュ先生という、イリノ大学の医学教育学の先生のお話などをおききすると、それは実証されているわけではないようです。本当にたくさん診れば、いい医者ができるのかというのは、まだだれもわからないのです。ただ、現時点で実証されているのは、確かに鑑別診断能力というか、その場のclinical reasoning skillというのは、たくさん診た方が明らかに育つというふうに言われています。でも本当にそれで全体としていい医者になるかどうかわからない。そういう教育研究の成果を勘案して、この振り返りという方法を使って、先ほどのプロフェッショナリズムという部分をやろうというのが、私が考える卒後研修のストラテジーです。当然そのためには、たくさん診る部分は以前より減らしました。


 まず、振返りというのは、自己評価が基本です。自己評価というのは、自分のいいところ、悪いところ、あるいは強いところ、弱いところをきちっと認識するということです。これは、研修当初は毎日やります。1日のあったことをみんなで振り返ります。あと、こうした自己評価は同僚とやった方がいいというのが、私らの今までの結論です。先走って言うと、それをまとめるとポートフォリオになるのです。経験をまず記録する。そして、学びを振り返り、特にその学びが教育目標のどこに位置づけられるかということをやることが重要です。そういう視点で振り返る。できたこと、できなかったこと、課題は何かということを認識し、そして評価者による読み込みを行って、評価者とディスカッションする。
 私たちの経験では、とにかく手探りでやったのですけれども、ケースログ、ケースを全部記録させて、学んだことを列挙する。症例とか疾患の一覧ではなくて、何をその経験から学んだかということを教育目標に照らし合わせて全部整理させるということ。それから、あとは心に残った症例をきちっと分析するということを重視しています。これはsignificant event analysisという方法です。そんなことをやっています。
 これはある研修医の一年目のポートフォリオです。彼女はsignificant event analysisでチーム医療に関する振り返りを詳しく書いています。彼女本人は在宅を希望し、娘さんは施設を希望したというケースから学んだといいます。「娘は患者が家に帰ってきて面倒見る気は全くない。娘は施設に入れて、現在患者が住んでいる都営住宅に移り住んで、自分が今住んでいるマンションを売ってお金をつくりたいというふうに考えている」、それでいろんなカンファレンスをやったと。何度も繰り返して、一応ゆくゆくは施設になるかもしれないが、とりあえずは在宅でという形で、ご本人、娘さん、両者それぞれそれなりに満足いく方針になったと。これが経験の中で彼女がどういうふうにreflectionしたかというと、初めていろんな他職種のカンファレンスを経験して、チーム医療を実感したと言っています。在宅設定という一つの目標に対して、それぞれの職種でそれぞれの専門性から異なった視点で患者さんを見ているため、持っている情報もさまざまだし、意見も異なる。それらの意見を引き出し、有効に生かしていくのはチーム医療、医師の役割なのだなと自分なりに学んだという、私はこれは非常にいい学びだと思うのです。またチーム医療になると、医師は意思決定者。先ほど、五つ星医の中にデシジョンメーカーというのがありましたけれども、それをここで位置づけているのですけれども、デシジョンメーカーとして大きな責任と役割を持っていて、それを果たすためにはキュア、つまり医者の役割ではなくて、ケア、つまりほかの職種たちのケアの部分の知識もやっぱり必要で、それがないとやっぱりチーム医療ができないという振り返りをやっているのです。まあ、こんな感じでやっています。


 まとめです。とにかく、新しい卒後臨床研修制度においては、評価がキーポイントになる。そして、パフォーマンス評価法は、ごく最近開発されたばかりで、いろいろ手探りですから、ぜひここにいらっしゃる皆さん、関心のある方と一緒に開発などをしていきたいと思います。今のところ、mini clinical examinationとポートフォリオが有力だと考えていますので、一応この二つに僕らも少しトライしていきたいと思っています。

 

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