プライマリ・ケア連合学会設立の意味を振り返る

 医学の世界に限らす比較的少数派のグループは、立場の違い、理論的違いによる対立と分裂が生じやすいものです。逆に集団として大きな力をもつと、内部の対立があっても全体としてのまとまりはなんとか維持されます。例えば政権与党内には様々な派閥があり、それぞれが別の政党であるといってもおかしくはない政治理念の違いがあるのですが、政権という一点でキメラ上にまとまっています。医学界においては、日本内科学会がそうした政権与党的な構造をもっていると思いますが、僕は会員ではないし、関わりは少ないので、妥当性のある見方かどうかはわかりません。

 プライマリ・ケア連合学会の母体となったかつての3学会、すなわち総合診療医学会、プライマリ・ケア学会、家庭医療学会に関してみてみると、それぞれの学的基盤はかなり違っていたことは確かだと思います。僕はむしろ、この3学会の統合は学問の統合というよりは、今後の日本の少子高齢化を軸とする人口動態の変化、それにともなうヘルスケアシステムの再編成、そして国民の医療に対する意識の変化等に、医師の学術団体としてどのような社会的役割をはたすべきなのかという大義Cause)にもとづいて行われたという印象をもっています。ただし、各学会メンバーの、それぞれの学会への思い入れは、小規模集団だからこそ強いものがあり、合併による様々なルサンチマンが生じたことは確かでもあります。また、合併にかかわれなかった(あるいは声がかからなかった)、多くの関連学会や研究会、関連施設団体にもそうした感情が生まれていたことが今となって、はじめてわかるところもあります。

 日本は、少子高齢化と人口減を基調とする人口動態が確実視されていますが、これは見方をかえればこどもと高齢者をあわせたレイヤーの人口が増えることであり、このレイヤーは居住地の周囲でほとんどの時間を過ごす人たちであるということが重要です。いわば地域ベースで生活をするレイヤー中心の社会に日本が変化しているということであり、医療や介護、保健のしくみに関しては、地域ごとの最適解を探索する時代になったということです。おそらく日本のすみずみまで、同じシステムのもと、同じ内容の医療や介護が提供されるというこれまでの通念が変わってきています。これが地域包括ケアの時代の本質だとおもいます。

 地域包括ケアの時代において、どのような医師像がもとめられるのかということについてはまだ十分議論されているとはいえませんが、

*地域ベースで多職種と文化や価値が共有できて、連携実践ができること(水平統合

*大~小病院、あるいは療養施設の医師同士が施設違いを超えて、文化や価値の共有でき、質の高い施設間連携ができること(垂直統合

*上記の水平、垂直統合の基盤が患者中心性、あるいはPerson centredであること

といった構成要素が重要になると思います。

 地域包括ケアにおいては、文化や価値の共有ができていることを規範的統合(normative integration)と呼びますが、地域~大学病院までこの規範的統合ができるような医師が配置されることが地域包括ケアの時代にもとめられますが、このスタイルの医師はジェネラリスト医師あるいは総合診療医がもっとも近いといえるのではないでしょうか。そして、この日本における総合診療医は、従来型のLone physician(孤高の医師)像に対して、Saba[1]が提案したCollaborative alternative(協働的オルタナ医師)像とホモロジーがあると思います。

 日本における総合診療は場によってその診療スタイルをかえる、System oriented specialtyですが、Generalism(総合性)という価値を共有しています。そして、ある時期は大学病院、ある時期は診療所、といった働き方が可能です。おそらく地域包括ケアの時代を世界に先駆けて、いち早く迎えざるを得なくなった日本において、これから登場しつつある総合診療専門医をめぐる制度設計のためには、世界的に20世紀以降のジェネラリスト医師が家庭医、総合内科医、ホスピタリスト等に分化していった歴史を見直し、それらを再び統合するというヴィジョンがなければなりません。このヴィジョンなしに、様々なステイクホルダーの利害調整に終始するような制度設計は「なにも変わらなくて良いし、このままなんとなくうまくいくんじゃないか」という医療界特有のレガシー発想に他ならないのです。

 

[1]: Saba W, et al. The myth of the lone physician: toward a collaborative alternative. The Annals of Family Medicine 2012;10(2): 169-173.

 

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