プライマリ・ケア私的パール集 Part 4

2021年1月26日~2月9日までにTwitterに投稿した私的パールをまとめました

【50】
個々人が一日に必要とするコミュニケーション量は一定であり、高齢者の場合この量がかなり減少すると、それを補うコンテンツとして、物とられ妄想や嫉妬妄想などが生じる場合がある

 

【51】
これまで高齢発症の喘息と診断されてきた患者を初めて診るときは、まずは似たような症状を呈する別の疾患を考える

 

【52】
在宅患者における胆道感染症は、さまざまな状態変化の原因になり、しばしば見逃されやすい

 

【53】
高齢者の室内運動としてのスクワット指導のコツは、つま先ではなく、かかとに体重をのせる感覚で、背筋を伸ばして行うことであり、深く膝をまげなくても1日20回やると、腰痛の軽減など様々な効果が期待できる

 

【54】
高齢者の室内運動としてのカベ立て伏せは、10回1セットを1日2回やると、肩こりなどの症状緩和に役に立つが、肘をできるだけ深く曲げて、両側の肩甲骨を寄せる感覚でおこなうとより効果がある

 

【55】
プライマリ・ケア外来において、患者との会話が一定「はずむ」ことにより、病歴聴取は質の高いものになるが、そのために必要なコミュニケーションスキルの要素は、「傾聴」「驚く」「面白がる」である

 

【56】
医者が自分自身の病い体験を患者に話すことに何らかの価値が生じるのは、「医者は健康で、間違えない」という誤謬が患者にある場合に限る

 

【57】
病いからの回復・リカバリーや、癒やし(ヒーリング)は診察室の中で生じることはほとんどなく、むしろ家庭、地域で生じ、自然やモノとのかかわりによっても生じる

 

【58】
高齢者と同居している家族の負担で見過ごされているのが、高齢者からの頭重感やしびれ等の症状の相談をされることであり、家族としては「医者にかかったら?」「くすりをかえてもらったら?」「医者を変えたら?」くらいしか答えのレパートリーがないことが多い

 

【59】
往診してくれる獣医師がいることをお知らせすることが、救いになる高齢者はいる

 

sunlight

 

 

プライマリ・ケア私的パール集 Part 3

 2021年1月18日~25日までにTwitterに投稿した私的パールをまとめました

 

【38】
身体診察は、医学的診断のための検査、疾患のフォローアップのための検査、無症状の疾患を発見するcase findingsの3つの役割に加えて、いわば、診断とは関係ないHealing Touchとでもいえる役割がある

 

【39】
腹部の診察の際に重要な心理社会的問題が明らかになる場合がある

 

【40】
複雑困難事例がクライシスになりつつある場合、予定外の転居が安定化のきっかけになることがある

 

【41】
診断推論は、患者がなぜこの日、この時間に来院したのかが重要な出発点となる

 

【42】
主訴とはすでに医学的解釈を含んでいるので、いったん頭に浮かんだ主訴をいちどペンディングして、受診理由にフォーカシングしてみる

 

【43】
今一番お困りのことはなんですか?という質問で、患者の真の困りごとが明らかになることは少ない

 

【44】
定期通院患者で、アルコール問題や喫煙習慣のある場合、無関心期であっても、毎回診療の最後に「アルコールほんとへらすかやめたほうがいいよ」とか「タバコはやめたほうがいいよ」と一声かけると、数年後に問題が改善する場合がある

 

【45】
塩分をたくさん摂取しても、水分をたくさん飲めばからだのなかで「塩分がうすまって減塩になる」という解釈モデルは案外コモンである

 

【46】
若年層のカゼや軽症外傷は、普段医療の利用が少ない地域住民に出会う貴重な機会であり、普段気になっていることがないかどうかをさらっときくと、意外な問題を相談されることがある

 

【47】
高齢者の膝関節痛に対して、大腿四頭筋訓練を1回左右10回ずつ、1日3セット実施してもらうことは、NSAIDSより効果がある

 

【48】
白内障があると、明るいところも暗いところも、両方つらい

 

【49】
番外編~急に醤油の味がわからなくなったという訴えでは、まずCOVID19を考える

 

rainy cold weather

 

 

プライマリ・ケア私的パール集 第2弾

 2021年1月1日~16日までの私的パール集をまとめました。

 プライマリ・ケア私的パール」シリーズは科学的根拠や研究的根拠があるわけではなく、一般化可能性は低いです。これらはあくまで長い職業経験・臨床経験の省察に基づくTheory in Practice(実践の理論)です。つまり、ローカルで私的なコンテキストに基づいています。ただ、こうしたTheory in Practiceがある種の暗黙知としてナレッジベース化され、他の医療従事者のそれと接続することでMindlineを形成する可能性があると考えています。

 

  • 20歳以上年齢が離れた夫婦の場合、子育てと介護が同時に課題になっている可能性を考える

 

  • 他院で骨粗鬆症であちこち痛いのだと説明されている高齢者の中で、治癒可能な低リン血症性骨軟化症が存在する場合があるので、PとALPは一度は測定しておきたい

 

  • こどもの伝染性膿痂疹では、びらん面がほとんどない紅斑や赤色丘疹のみの場合がある

 

  • よい住居環境で育ち、しもやけ、ひび・あかぎれの経験がない若い医師は、凍瘡をSnap Diagnosisすることが難しい

 

  • 皮膚を常時ボリボリと掻く高齢者、特に在宅患者で臥床して「うとうと」していても、腹のあたりをひっきりなしに掻いている場合は疥癬を考える

 

  • 臥床がちで不活発な高齢者の類天疱瘡では物理的な擦過がすくないためか、水疱があまり目立たたず、軽いかゆみのある淡い紅斑だけのことがある

 

  • いわゆる身体症状症の症状は身体の正中線上、つまり鼻腔、咽頭、舌、食道、胸骨下部、心窩部、腰部、臍周辺、会陰に生じやすい

 

  • 夜間の決まった時間に身体症状症のような症状で頻回に来院する高齢者で、たまにエチゾラム離脱症状である場合があり、それが見逃されると、エチゾラムを処方されて帰宅させられていることがある

 

  • エチゾラムを毎食後定期で服用する処方は、たいていDifficult patientに対応しきれない身体科の医師によるものである

 

  • 高齢者の場合、全く症状がなくても2年に一度は腹部の触診を実施すると、無症状の腫瘤やAAAが見つかる場合がある

 

  • 夫と妻各々の生活機能が一人暮らしできるかどうか境界線上であっても、二人だと案外助け合ってうまく生活できる場合が多く、老老世帯は夫婦を一つのユニットとしてみて機能評価し、支援ポイントを探すのがよい

 

  • プライマリ・ケア外来で診断エラーが最も生じやすい症状は腹痛である

 

  • プライマリ・ケアではそれほど頻度は高くないが、診断エラーで衝撃をうける疾患は肺血栓塞栓症、急性冠症候群、大動脈解離、くも膜下出血であるので、それらはいつも念頭におく

 

  • がんの治療歴のある患者では、がんは「既往歴」ではなく、cancer survivorという継続的でactiveな問題としてリストアップしておく

 

  • 目の前の高齢患者は、はじめから高齢者なのではなく、こども時代があり、青春時代があり、出会いと別れがあり、誇りがあり、愛情や悲しみを経験してきたライフヒストリーがある

 

 

  • 糖尿病を含む多疾患併存の高齢者のケアにおいて、血糖コントロールが状況を改善するキーになることはほとんどなく、血糖コントロールにチーム全体が集中しすぎると、糖尿病治療誘発性困難事例に陥ることがある

 

  • 下降期慢性疾患や終末期において患者の自己/主体の一貫性を保証するものは日常ルーチンであり、日常ルーチンの下支えがケア構築の際のキーとなる

 

  • 家庭医の生涯学習は弱点補強型であるため、得意点強化型生涯学習の各科専門医に比べると、自己効力感が生じにくい

 

  • 各科専門医から家庭医に転身した場合、得意点強化型の生涯学習スタイルではなく、弱点補強型に切り替える必要があるがその際はアンラーニングに伴う不安が生じる

                  

  • best partner

プライマリ・ケア 私的パール集 第1弾

 あけましておめでとうございます

 Twitterフォロワー数4000名超え記念で、断続的に連投Tweetした「プライマリ・ケア私的パール」シリーズは科学的根拠や研究的根拠があるわけではなく、一般化可能性は低いものです。これらはあくまで長い職業経験・臨床経験の省察に基づくTheory in Practice(実践の理論)です。つまり、ローカルで私的なコンテキストに基づいています。ただ、こうしたTheory in Practiceがある種の暗黙知としてナレッジベース化され、他の医療従事者のそれと接続することで、暗黙知のネットワークとも表現されうるだろうところのMindlineを形成する可能性があると考えています。

 2020年末までのTweetをここにまとめておくことも意味があるだろうと思います。「プライマリ・ケア私的パール」シリーズは2021年も引き続き断続的に続けていくと思います。Twitterにアクセスしていない方にも共有できるように、一定の数が蓄積されたら、こちらのBlogにもまとめてアップしていきます。

 では、これまでのTweetを以下にならべてみます

  • 口腔内違和感、舌が荒れる、口腔内乾燥感といった症状の原因としての「舌磨き」は案外多い

 

  • 高齢者が不眠を訴える場合、寝床に入る時刻をきくと、7時とか8時と答える場合が結構多い。理由きくと、TVも面白くないし、やることがないのでとのこと。夜間尿で12時前にはおきてしまうので、よけい焦燥感が高まってしまう

 

  • 漫然と被覆材が使われている難治性の皮膚潰瘍が、時に皮膚がん(特に有棘細胞がん)のことがある

 

  • 車椅子で通院している患者の下肢閉塞性動脈硬化症は、症状出現以前に指摘されることは少なく、下肢の重症虚血症状が生じて初めて診断されることが多いが、虚血症状のはじまりが趾間びらんのことがあり当初白癬として治療されている場合がある

 

  • 血圧と血糖に関しては、正常値を超えた「とたんに」なにか大変なことが生じると信じている患者は驚くほど多い

 

  • ある患者をずっと同じ医者が継続的に見ている場合、検査や所見、症状の変化を医者が無意識に「良い方」に解釈してしまうことがあり、これを「だいじょうぶマイフレンド・バイアス」と呼ぶ

 

  • COPDなどによる慢性呼吸不全で通院されていて、HOT実施中の方で、夕方以降に呼吸困難感が強くなる方の場合、胸壁に湿布を数枚貼ると楽になる場合がある

 

  • デイサービスで易怒性がめだつ高齢の認知症男性の場合、なんらかの疼痛(筋骨格系、泌尿器科系等由来のことが多い)を自覚している場合がある

 

  • インスリン自己注射が、「自分はちゃんと打てている」という自信を生み、自己効力感の源になっている場合がたまにある

 

  • 禁煙を決断できない理由に、「これからがまんしつづける人生がはじまるのか」という恐怖心があるので、「かならずタバコがアタマに浮かばなくようになります」と伝えることが大事

 

  • ほぼ自宅内でのみ生活している後期高齢者が、1-2日の経過で「すわっていると傾いてしまう」「立とうとするとへなへなしてしまう」麻痺ははっきりしない、という場合には発熱、硬膜下血腫も考える

 

  • ほとんど医者にかかったことのない中年以降の男性が軽い腹部症状を訴えて初診で来院した場合、腹部悪性腫瘍を疑う

 

  • 在宅ケア対象の高齢者の慢性心不全においては、労作時息切れにおける「労作」に乏しいため、悪化の早期発見には体重のこまめな測定がもっとも有用である

 

  • 高齢者が頭痛を主訴に来院した場合、頭痛の表現が「お釜をかぶったような重苦しさ」であればうつ病を疑う

 

heavy sky

MFGIPSあらため「FM is GP」というmnemonics

 小ネタです 

 7月7日のエントリーで「MFGIPS」について、鹿児島のDrたちが主催する学習会でお話する機会がありましたが、MFGIPSではなく、FM is GPのほうがいいのではないかという、素敵はご提案をいただき、そのニイマニクス(mnemonics)を使わせてもらうことにします。つまり、

 

F: Function

M: Multimorbidity

I: Intervention

S: Sultogenesis

G: Guidelines and Goals

P: Pain, Palliation and Prevention

 

これをまとめてMFGIPSあらためFM is GPとして今後使っていこうと思います。

ご提案いただいた方、ありがとうございました!!

Blue sky

若い学生や研修医が総合診療に魅力を感じるためには

 若い人が総合診療の仕事に魅力を感じるところはいったいどこなのか?このテーマに関しては、これまで質的、量的に研究されてきた。今回のエントリーでは、僕自身が20年以上若い医師が、ジェネラリストの道をあゆむようになったケースをみてきて、確信をもっているいくつかの要因を列挙してみたいと思う。

 このエントリーは第11回プライマリ・ケア連合学会学術大会における病院総合医あるいは日本版ホスピタリストをめぐるいくつかのセッションにインスパイアされて作成した。

 

要因1:総合医診療医が診ているタイプの患者層と、その患者に対する診療の様子が魅力的に思えた

要因2:総合診療医が仕事を楽しそうにやっている

要因3:総合診療医が基盤とする学的領域、すなわち家庭医療学とEvidence Based Medicine、そしてその関連領域(医療政策、医療経済、医療倫理等)が知的に面白いと感じ、研究する領域があるのだと感じた

要因4:医師や生活者としてのロール・モデルを総合診療領域に見つけた

 

 それぞれについてすこし考えてみよう。

要因1:総合診療医が診ているタイプの患者層に興味をもつということは、非常に日常的で軽症の疾患から複雑困難なMultimorbidityまで様々な構造の健康問題に対処していることに尽きる。疾患の多様さではなくて、健康問題の構造的多様性に対して興味を持つのである。したがって、総合診療が対応する健康問題の構造的多様性を見てもらうためには、ひとつの診療の場(例えば病棟)だけでは足りない。病院の外来、診療所、在宅、施設など多様な場での診療で、様々な総合診療医の対応の様子を診てもらう必要がある。この場合、多様な場での活動であっても、総合診療の基本的な価値観が常に貫かれている必要がある。つまり、総合診療としての規範的統合が異なる診療の場で形成されていなければならない。この場合、一人の総合診療医がすべての場を掛け持ちしている必要はない。規範的に統合された総合診療チームメンバーが様々な場に散種されていればよい。共有すべき価値観とは「疾患と病の意味を同等の価値を持つものとして捉えること」ということ、つまりは家庭医療学の基本原則のそれに尽きるだろう。

 

要因2:仕事は基本的に自分で「楽しいもの」に変えていく必要がある。そのための現場のシステムの見直しや、評価のしくみ、リクリエーション、No Blame Cultureな雰囲気作りなどMacroからMicroまで、仕事を楽しくするための様々なシステム工夫が継続的におこなっていくことである。すくなくともZ世代に楽しそうにみえるということは、昭和レガシーまみれの医者コミュニティの価値観(一例でいえば、運動部体質、あるいはマチズモ、ホモソーシャル等)を打破することは必須になってきている。おそらく総合診療は他の伝統的医局とはことなる組織文化を意識的に形成する必要がある。

 

要因3:他の総合診療部門との横のつながりによる、知的インプットとアウトプットの増強をはかることである。特に総合診療やプライマリ・ケア研究ですでに実績のあるところとのネットワーク形成が戦術的にはもっとも効果的である。知的に興奮するような領域が存在することは若いプロフェッショナルのキャリアチョイスには必須であると思う。

 

要因4:ロール・モデルとはなにか。これは決まったパターンはない。しかし、個人的には、完璧なリーダーシップがあるとかマスター臨床医であることとはちょっと違うと思う。むしろ、仕事を楽しくやっていること、いつも好奇心があること、注意深い観察力があること、話を良く聞くこと、若い人から学ぼうという姿勢があること、そこにいるだけで安心できる存在感があること、といったことである。

 

 以上述べたことは、病院総合診療でも地域社会総合診療でも、あるいは病院家庭医でも地域社会家庭医でも、それらに共通のキャリア・チョイスするための要因であると思う。

Cloudscape 2

Multimorbidity時代の外来教育モデル「MFGIPS powered by YasukiF」

 現代日本プライマリケア外来において一般外来担当医が困難性を感じるのは、むしろ後期高齢者、フレイル、多疾患併存(multimorbidity)、社会経済的複雑性をもった患者でしょう。こうした患者レイヤーは、外来では「慢性疾患」患者と呼ばれているのですが、たとえば糖尿病のみで通院している患者も「慢性疾患」患者と呼ばれています。多疾患併存と単一疾患は別のレイヤーと考えるべきです。

 そこで、こうした現代的「慢性疾患」レイヤーの外来患者のチェックポイントを教育的枠組みとして整理しておくことは有用だと思います。

 

 僕が提案したい枠組みは以下のようになります。
M Multimorbidity:

多疾患並存状態かどうか?

どの疾患に対してだれがどう対応しているのか?

ポリドクター状態か?

問題リストはBiopsychosocialにリストアップされているか?

F  Function

日常生活機能で制限はあるか?

ADL、IADLは評価されているか?

認知機能評価されているか?


G Guidlines & Goals

プライオリティの高い疾患のガイドラインの概要は知っているか?

「落としどころ」としてのゴールはなにか?


I Intervention

どのような介入がなされているか?

ポリファーマシーか?

生活指導はされているか?

介護保険サービスなどフォーマルなサポートはなにか?

家族や友人などのインフォーマルなサポートはあるのか?)

P Pain, Palliation & Prevention

どこかに痛みはないか?

advanced care planningに関する対話が必要か?

ワクチンなど予防医療の適応はあるか?


S Salutogenesis

健康生成論的アプローチを行ったか?

患者の強みと健康資源はどこか?

自己の一貫性を保障するルーチンはなにか?
 

 これらをまとめてMFGIPS(エムエフジップス)モデルと呼びたいと思います。
 この枠組みで複雑さを増しているプライマリケア外来を見直してみると、診療の質の向上につながるかもしれません。

ミスト

*このエントリーは医学書院「総合診療」2020年03月号に寄稿したエッセイを要約したものです 。

*雑誌リンク⇒ https://www.igaku-shoin.co.jp/journalDetail.do?journal=91766