藤沼康樹事務所(仮)では医療職、Health care professional向けのメンタリングの実践及びメンタリングを学べる企画を計画しています。日本においてやや遅れ気味のこの領域に関心の或る方、ぜひご一緒にコースをつくりませんか?!
-------------------------------------------------------
藤沼康樹事務所(仮)が考える医療者教育におけるメンタリングの考え方
はじめに
現代の医療・保健・福祉の組織、そしてそれを取り巻く環境は激変している。そうした今の時代に、多くの医師や管理職は、医師のプロフェッショナルとしての成長を促すための効果的な方法を強くもとめていると言えるだろう。その、一つのキーワードはメンタリングであり、メンターシップの考え方を実際の場面でどのように応用可能か、そしてそのためのシステムをどのように構築していくかに関する報告は少ない。医療者教育、あるいは指導者開発に関して、メンタリングをどのように導入するかについて、提案したい。
なお、この文章は、医師特に家庭医(General Practitioner)に対するメンタリングについて、きわめて革新的な試みをされている、英国のRosslynne Freeman女史の主著「Mentoring in General Practice」から多くの示唆を得た。わたくしは2005年5月京都で行われた医学教育に関する企画において、彼女のWSに参加する機会を得たが、その懐の深さ、メンタリングに関する豊富な経験に大きな感銘を受けた。ここであらためて、感謝の意を示したい。そしてその時のWSが、わたくしがその後Mentoringについて考える続けることになる契機ともなったのである。
メンタリングとは
医療者教育におけるメンタリング(Mentoring)は、先輩や指導者と研修者・学習者とが、薫陶・指導・支援といった多様な形で人格的にコミュニケートする活動のモデルである。
自らの医療者人生を振り返ってみると、たいていは価値観や行動原則に大きな影響を受けた人をあげることができる。それは、直接の指導者であったり、先輩であったり、また仕事とは別の活動の中で出会った人であったりする。そして、そうした人との、会話や仕事が、医療者としての進路や人格涵養に重要な影響を及ぼしていることがある。そうした指導者は実質的にはメンター(メンタリングする役割)であり、自分はメンティー(メンタリングを受ける役割)であったということができる。
メンタリングは、従来から重要だが、やや偶然性に左右されやすかった関係性を、何らかの制度的なアプローチを通じて組織の中に積極的に創り出し、それによって医療者のキャリアアップや成長に寄与していこうとする活動である。
これまでこうした活動は、制度化しなくても、従来医療者の職能集団(医師であれば医局)の中では、仕事後の飲み会などで、自然発生的に展開されていた。しかし、現代では、そうした交流の存続は希薄化しているのではないだろうか。人と人との関係にかんする日常的な文化は、医療者集団だけでなく、家族や地域や学校等あらゆる集団の中で、大きく変容しまた脆弱化している。意識的かつ制度的な努力がなければ、人の成長や組織の健全性が確保できない状況すら存在しているといえよう。
従って、そのためのメンタリングの実践は、無から新しい建築物を作り上げるような作業とは違うだろう。それは、もともとは私達の周りにごく当たり前に存在していた豊かな関係性をもう一度取り返す試みである。メンタリングとは、それによって、組織のありかたや、職員の協同の営みへの一層豊かなビジョンへつなげていこうとする試みといえるかもしれない。
個人ワーク1:あなたのメンタリング経験を振り返って見ましょう
● あなたが自分のメンターと考える人はどんな方ですか?
● どのような影響を受けましたか?
● 周囲の人たちと個々のメンタリング体験を共有し、メンターの属性について整理してみてください。
メンタリングのめざすもの
● メンタリングとは、個々の「医療者=メンティー」の福利(well-being)と医療者しての成長に重要な寄与をする介入法の一つ。
● メンタリングを通じてメンター自身の私的かつ職業的な成長も可能になる。
● メンター/メンティー関係は両者にbenefitがあることが明らかになっている。
● メンタリング制度が組織内で確立することで、学びに関するあたらしい次元が組織内に生じるとされる。
● そのことで、組織は活性化し進歩し、変革が促される。
メンターをもつことの意義をメンティーに説明する
メンタリングには多くの意味がありますが、もっとも重要なことは、以下のことにあなた(メンティー)と私(メンター)が協同して取り組むことです。すなわち、
- あなたの仕事、キャリア、そして個人としての成長をサポートすることです。
- あなたの能力を発見し、開発することです。
- キャリアや仕事の変化を通して、あなたをサポートし、成長を援助することです。
- 振り返り、分析、計画の場をつくります。
Holistic Mentoring (Freeman)とは
プロフェッショナルとしての医療者がもとめているメンタリングは、カウンセリングでも、単純な進路サポートでもなくもっと総合的なものである。医療専門職がメンティーの場合は、以下の3つの領域に関して満遍なく取り組む努力がメンターにはもとめられる。
- メンティーが新しい学びを獲得し、それを統合化することを援助すること(教育に関する援助)
- 様々な人生上の移行期や過渡期をうまくとりあつかえるように援助すること(個人への援助)
- 臨床家として満足感をもって仕事ができ、目標を達成できることを援助すること(医療専門職としての発達の援助)
Freemanは上述の3つの要素をもつメンタリングをホリスティック・メンタリングと呼び、実地臨床家に必要なメンタリングの構造として強調している。これは、ビジネス領域や教員養成におけるメンタリングより、より広範囲なメンタリングが医療者の場合必要になるということである。わたくしは、このホリスティック・メンタリングは日本においてもきわめて有効と考えており、藤沼康樹事務所(仮)が提供を計画しているのもこの考え方に基盤をもつプログラムである。
要約するとホリスティック・メンタリングとは、
● 個人(人格や生活)のサポート
● 専門領域の継続学習のサポート
● プロフェッショナルとしての成長のサポート
を同時並行的に行うことである。
ホリスティック・メンタリングを実施するために必要な一般的スキル
メンタリングの基本スキルは、よい診療に必要なコミュニケーションスキルと相同性がある。総じて以下のようなスキルが必要となる。
● ラポールの形成と良好なコミュニケーションがとれる。
● 注意深く傾聴できる。
● パフォーマンスへの効果的なフィードバックができる。
● 効果的な質問ができる。
● メンティーの考えや、希望、ニーズに気配りと共感を示すことができる。
● 状況のポイントをまとめて明確にすることができる。
● メンティーのサポートができ信頼関係を確立することができる。
● 変化を受け入れまた変化することに積極的にかかわることができる。
● メンティーに自分自身の成長に責任をもつように励ますことができる。
● 個々のメンティーの学習スタイルに合わせて事をすすめることができる。
メンタリングの3つのステージと各ステージに必要なSpecificなスキル
メンタリングのセッションには大きくわけて3つのステージがある。そして、メンタリング関係の確立し、次に実際のメンタリングを行い、最後にまとめを行うことになる。個々のステージにおいて、以下に列挙した必要なスキルの特徴を知っておくと、メンタリングのスキルの向上に役に立つはずである。こうしたスキルを学ぶためのワークショップ開催を藤沼康樹事務所(仮)は準備中である。
1.メンター/メンティー関係のはじまり(establishing stage)
■ まずメンティーに純粋に注意を向ける
■ 傾聴する(介入しない)
■ 「うなずき」などの非言語的コミュニケーション
■ 開かれた質問をする
■ 良い悪いの判断を留保する(on-judgmental)姿勢
■ 沈黙を有効に使う
2.メンタリングの実施(on-going phase)
■ メンティーの課題一覧(agenda)を明らかにする
■ それらに関連した領域を確かめ、明らかにする
■ 一線を保つ(相手に没入したり、感情移入しない)
■ 確かめる(「あなたのいっていることは○○ということですか?」「わたしには○○のように聞こえましたが、それでいいですか?」)
■ メンタリング関係をメタレベルで観察する(自分と相手のコミュニケーションを客観的に評価する)
3.まとめのステージ(end phase)
■ 自分たちがどの地点に立てたかを振り返り、分析してみる
■ 次の目標設定を行う
■ メンタリングの過程をまとめ、評価する
注意事項1:メンターは直接の現場指導者(指導医等)ではない
現場指導者は評価をすることが求められる。きちんとコミュニケーションができているか、臨床判断が妥当かどうか、当直がひとり立ちできるか、常勤職として採用するかというような評価活動とメンタリングは両立しないため、直接指導者以外にメンターをおくべきであろう。ただし、担当研修者以外のメンターに指導者の仕事をしている医師がなることは問題ない。
メンターの存在があって初めて、現場指導者は安心して、研修医の評価を厳正にすることができるとされている。
メンタリングは、臨床指導ではないため、例えば、ケースの相談は臨床的というよりも、そのケースがメンティーにとってどれほど重要か、自分の成長にとってどんな影響があったかということが話題になる。
注意事項2:メンターは管理者ではない
メンタリングでのディスカッションは基本的には秘密にされるべきである。この守秘の原則が、メンティーの安全性を確保し、メンタリングが価値のあるものにするための重要な要素でといえる。
したがって、特殊な場合を除き、メンタリング内容が管理者に報告されたり、特に不利な情報が伝わらない約束をする必要がある。そして、メンタリングが、その医療者の採用や昇進などの評価につながる事はないことが重要である。
注意事項3:メンターはカウンセラーではない
様々な直面するジレンマは成長の機会あるいは移行の時期ととらえることが大切ではある。つまり、苦悩や困難は、新たな洞察の機会、自分で気づかなかった自身の強みや長所に気づくことにつながることが多い。
メンタリングの経過中、メンティーの私的な問題(家庭内トラブル等)や精神的問題が明らかになることがあるが、その問題の解決をメンタリングの場でやることは往々にして適切でない。カウンセリングや、受診が必要と判断された場合は適切に紹介が必要である。しかし、カウンセリングの基本的技術は、メンタリングのスキルと相同性がある。
注意事項4:メンターはメンティーの職業分野の熟達した専門家であることが望ましい
メンタリングにおいては、その分野の専門的なアドバイスがしばしば求められる。ここは、いわゆるコーチングとはまったく異なる。コーチは、コーチングの対象の職業の事は一切しらなくても可能であるが、メンタリングにおいてはそうではない。
ホリスティック・メンタリングのプロセスすなわち省察サイクル(Reflective Cycle)
Kolbによる、学習サイクルモデルによれば、有効な学びは、「具体的経験」「その経験の振り返りと分析」「抽象化と概念化」「応用と実践」のサイクルを完成させることが必要であるということである。この学習サイクルはメンタリングでも同様に必要であるが、Freemanはこのサイクルをさらに拡張し、医療者のメンタリングに必要なサイクルを提案しており、これはきわめて有用なモデルである。
メンタリングとは、結局メンティーが自身の様々な側面に関して、振り返り、洞察することを援助するプロセスに他ならない。医師におけるメンタリングは以下の要素のより構成されるサイクルを、振り返り(reflective practice)によって、完成させることともいえよう。
*プロフェッショナルとしての自分
⇅
*将来の希望
⇅
*社会における自分
⇅
*個人としての自分
⇅
*教育における経験
⇅
*将来計画
省察サイクルをメンタリングのガイドにする意味
医療者のための効果的なメンタリングは、プロフェッショナルの側面と、パーソナルな側面のさまざまな要素をカバーする必要がある。つまりホリスティック・メンタリングが必要であること。
そして、このサイクルはこうした多様な側面をカバーすることをいつも思い出させてくれる。このサイクルはKolbの学びのサイクル完成が、よい学びにつながることと同じで、きちんと完結させることで、よいメンタリングにつながるだろう
メンタリングにおける質問のしかたを身につける
ホリスティック・メンタリングを実施する際には、省察サイクルごとの質問を身につけておくことが必要である。これらは、開かれた質問が基本であり、ここで例示した質問は一例にすぎないので、自分なりのアレンジを加え、またメンティーの特性にあわせて、アドリブ的なもののもとめられる。こうしたメンタリングにおける質問は、経験により上達するが、自身のメンタリングを振り返り、メンター同士で交流することがスキルの向上に非常に有効であろう。藤沼康樹事務所(仮)では、そうしたメンターのコミュニティ形成を予定している。
省察サイクルにおける質問の例を以下に例示しておく。
プロフェッショナル(医療者)としての自分への振り返りを促す質問
● なぜ、医療者になったのですか?どうしてこの専門を選んだのですか?
● 今現在の施設における役割を教えてください。自分はどんな役割を果たしていると考えていますか?
● あなたが自分の役割で一番楽しいものは何ですか?
● 今の仕事についてどう感じてますか?
● この6ヶ月で、仕事上一番難しく、大変だったことはどんなことでした?
● それに対して、あなたはどのように対応しましたか?
● 同僚や職場のスタッフはあなたをどうみていると思いますか?
将来の「希望」についての振り返りを促す質問
● 5年後はどんな職場にいたいですか?
● そのために何か準備をしていますか?
● 自分自身の強いところ、得意なところはどんなところですか?
● あなたの将来計画の妨げになるかもしれないことを教えていただけますか?
● あなたの将来計画の助けになるかもしれないことを教えていただけますか?
● これまでで、あなたが成し遂げた、一番の成果はなんですか?
社会人としての自分への振り返りを促す質問
● 仕事以外の時はどんなふうにすごしているのですか?
● 一番の友人はあなたのことをどんなふうにいっていますか?
● 社会的関心・活動からどんなことを得ましたか?
● 自分では積極的に仕事以外に関心事を持とうとしていますか?あるいは仕事が終わった後、残りの時間をどう過ごしていますか?
● あなたは自分の友人関係に何を期待していますか?
個人としての自分への振り返りを促す質問
● あなたの成長期に、一番影響を受けた人たちについて教えてください。
● あなた自身の生い立ちの特徴を教えてください。
● あなたは、あなた自身をどんな人物だと見ていますか?
● 一番ストレスを感じる状況あるいは事態はどんなものですか?
● あなたがサポートを求めたり、相談したりするのは誰ですか?
● あなたがサポートしたり、相談にのったりするのは誰ですか?
教育に関する経験に対する振り返りを促す質問
● あなたがいままでで、一番楽しかった教育に関する経験はなんですか?
● どうしてそれが楽しかったのですか?
● 教育に関するネガティブな経験があったら教えてください。
● そのネガティブな経験はあなたにどんな影響を与えましたか?
● あなたの好きな学習スタイルについて教えてください。
● 学ぶことに関して、あなたの強いところと弱いところはなんですか?
● あなたが、今後みにつけたいスキルや知識はどんなことですか?どんな領域に関してですか?
将来の「計画」に関して振り返りを促す質問(「希望」に関する質問より具体的に聞く)
● あなたがプロフェッショナルとしての成長の目標を三つあげてください。
● その目標達成のための学びのニーズを明らかにしましょう。
● あなたのプロフェッショナル(医師)としての成長の障害になることはなんだと考えますか?
● 今後のメンタリングセッションの課題についてなにかありますか?
● ほかにディスカッションしたい領域、あるいはもう一度ディスカッションしたい話題がありますか?
どうだろう、医療者におけるメンタリングに興味が出てきたのではないだろうか?
藤沼康樹事務所(仮)では、わたくしと一緒にこの領域を進めていく方を募集しております☆
参考文献
Freeman R. Mentoring in General Practice. Oxford, Butterworth-
Heinemann(1998)
Connor M.P, Bynoe A.G, Redern N, Pokora J & Clarke J. Developing
senior doctors as mentors: a form of continuing professional development. Report
of an initiative to develop a network of senior doctors as mentors: 1994-1999.
Medical Education, 34: 747-753(2000)