やりますか?理論家庭医療学研究会

 家庭医療学は様々な源流があるけれども,やはりIan McWhinneyによる1980年代の仕事が圧倒的に重要である。いわゆる患者中心の医療に関する一連の研究も当然その時代の重要なアウトプットなのだが,僕的には,A Textbook of Family Medicineにつながる哲学的・理論的仕事はきわめて大切なものなのだ。しかし,実はその後それを引き継ぐような理論的な仕事は,世界的にみてもかなり少ない。かろうじて現代ではLiverpoolのChris Dowrickのグループが家庭医療における主体の問題に取り組んでいるくらいしか目立たないようだ。

 実は,現代の医学におけるアウトプットの指標,すなわち単純化すればインパクトファクターという観点からみると,McWhinneyの仕事のインパクトファクターの規模はきわめて小さいのだ。研究の大多数はいわゆるトップジャーナルにパブリッシュされたものではない。このことについてはこのエッセイをみてもらいたい。

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 しかし,インパクトファクターは基本的には基礎医学研究に圧倒的に有利な指標である。診療自体やシステムに深い影響を与えうる理論的な論文の価値をそうした指標で評価することは明確に間違っている。McWhinneyに源流をもつ理論家庭医療学(僕の造語である)を引き継ぎ,展開する仕事が大学のそうした部門からは一向に生まれそうもない状況は今の大学の業績の評価システムの機械化にあると思う。

 家庭医療をアカデミーのエートスに押し上げるには,理論が必要だ。大学医学部のジェネラル部門は,疫学や診断認知科学だけでは確たる学的基盤をつくれない。学的基盤を形成するためには,主体や個が根本的に検討されねばならないし,歴史や生命,価値,システムが問われなければならない。言語,対話,コミュニケーションが根本的に検討されねばならない。病いと健康を再定義し,コミュニティや家族を再定義する必要がある。新人世やポストヒューマンとの関係,テクノロジーとAI,身体性を問うのだ。いまもっとも注目すべきイーロン・マスクのNeuralinkのプロジェクトのインパクトを的確に考察しなければならない。

 参照し,対話すべきは,哲学であり,精神分析学,文芸批評,宗教学,人類学である。あるいは,コンピューターサイエンスやオントロジーだろう。むろん家庭医療学は疫学とイコールではないし,看護学でもないし,ましてや内科学ではない。

 理論家庭医療学を推し進める世界的ネットワークをこの東京を起点に作ることを展望したいと思う。

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