業界に関して最近思い出すことなど

 2010年に日本プライマリ・ケア学会と総合診療医学会と家庭医療学会の3学会が合併したとき、それぞれの学会や学会員のアイデンティティをそうとう組み直すことが必要でした。そして、合併自体に反対していた人もたくさんいましたし、ある種の血も流れましたし、結果様々なルサンチマンがうまれました。

 合併をきめる総会のときには「命をかけてこの合併を阻止する」っていう発言をする方もいらっしゃいました。さすがにそこまで自分と学会を同一視するのは病的ではないか・・・と僕は思いましたが、そういう方たちがいたことも確かです。そして自分自身がこの合併作業に直接かかわっていたのですが、学会って医者にとってそれほどの存在証明なのか・・・という驚きもありました。

 この合併に伴い、僕が主たる活動の場としていた家庭医療学会は学会名を捨てました。家庭医療という言葉を愛していた人たちのあいだでは、寂しさとともに新家庭医療学会つくろうという動きも一部にあったくらいですが、そこは全体の大義に従ったということでした。実地医家の方たちもより学術色の強い学会に変貌する方向性が示されていたため、自分たちの昭和的安心コミュニティではなくなった印象をもって離れていった方たちも多かったです。また、総合診療医学会に運営にたずさわっていた方たちは合併派と反合併派が半々だったという印象です。ちなみに合併と同時に生まれたのが病院総合診療医学会です。これは大学独自のニーズで生まれました。
 とにかく病院で総合診療やっていた医師、当時ニューウエーブだった家庭医、伝統的な実地医家がアイデンティティをなんとか組みかえて一緒にやろうってことでした。それは合併しないと先にすすめないっていうムードがあったわけです。もともと学術団体として力量の弱いものたちが、こまかくわかれてちまちまやっていることは、未来にむかう姿を示すことにはならないという大義です。
 そして、合併のプロセスで様々にとびちったルサンチマンや自己証明の欲望が合併した学会へのアンチに表現型をかえていったっていうのがリアタイでその渦中にいた僕のの実感です。そしてアンチ合併の一部の人たちが某機構の欲望とむすびついて、さまざまな首をかしげざるをえない動きがはじまったというのが、この6年くらいのながれでしょうか。
 アイデンティティポリティクスと権力欲求、そして自分探しは常に世の中にあるので、再びいろんな学術コミュニティが名乗りをあげているのは、まあ致し方がないところだとは思っています。
 ただ、一部で相対的に規模の大きいJPCAが考えの違うレイヤーを排除しているっていう言説があるようですが、それは歴史的には違いますし、JPCA=家庭医、病院総合診療学会=総合診療医、地域医療学会=地域医の学会っていう分類もされるようになっているですが、僕はそんなに単純ではないと思っています。

 

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