大きな教育病院あるいは大学病院のなかで診療所家庭医が教育できること

 この5年くらい、大学病院や大規模公的教育病院などのカンファレンスにアドバイザーとしてよばれたり、家庭医としての自分に、主として総合診療あるいは内科レジデントが症例相談する会などを企画していただく機会が増えました。従来は、診療所家庭医と病院との関係といえば、紹介元、逆紹介先としての診療所に対する「接待」であったり、病院でおこなわれている「最新」の医学医療を学べるような無料教育サービスするためだったり、あるいは病院であらたに始めた医療を診療所医師にプローモーションする営業活動だったりしました。しかし、僕はまったく違うベクトルで教育病院にかかわっています。それは、むしろ診療所における外来や在宅医療、地域活動のコンテンツそのものが、病院医療への貢献になりうるという確信があるからです。

 今回のエントリーでは、僕が大規模教育病院で何を伝えているか、どんなことを意識しているかといったことについて、素描してみようと思います。個々の項目の詳細については、これまでのブログエントリー、Podcast(Reflective Podcast by YasukiF)、書籍、「総合診療」の企画編集や執筆した論文や連載で発信しているものですが、かなり播種的になっているので、いずれはまとめていきたいと思っています。

 

診療所家庭医による教育コンテンツ@大規模教育病院

1.外来医療に関するもの

診療所外来指導での教育技法の病院一般外来への適用

  • 外来診療モデル(patient centered clinical method等)の紹介や使い方
  • Disease-Illnessアプローチを病院外来で使うときの注意点
  • 診断推論,特にInductive ForagingとTriggered Routineの活用
  • 病院外来と診療所外来の疾患頻度、あるいは事前確率の違いの重要性と受診理由の違い
  • 患者フローのコントロール法~患者満足度を下げずにどうしたら早く診療を終えることができるのか
  • 各種健康診断の意味

病院外来という比較的孤独な診察室での診療の弱点~Frail Elderlyのみかた考え

  • 老老世帯が二人で診察室に入って来たときにどうアプローチするか
  • 高齢者総合評価の外来での実際

病院外来に紹介する診療所医師の言語化されていない意図の推測

  • なぜこの処方内容になっているのか,そこからみえる診療所医師の能力や経験,診療パターンの仮説設定
  • Ambulatory Care Sensitive Conditionであったかどうかの見分け方

地域での生活の様子の予想

  • 現在の職業、過去の職業、現在の家族構成、及び家族図からの生活像の仮説設定
  • 昭和と平成の理想とされた家族像と価値観~特に大都市部の特徴

 

2.病棟医療に関するもの


診断推論に関しても診療所や在宅の臨床経験からアドバイスできることはある

  • 特に日常病の非典型例
  • 皮疹がキーとなるもの
  • 内科領域以外の疾患存在のヒント
  • 自前の診断パール
  • どのように外来や在宅で対処したら入院が防げたかに関するディスカッションを促す~Ambulatory Care Sensitive Conditionについての認識を深める

治療法などは馴染みがないものついて

  • 「それはどんな薬ですか?知らないので教えて下さい」「効きますか?」「それは一般的によく使われているんですか?」といった素人っぽい質問をすることが若い医師のプレゼンテーションの見直しに繋がり,振り返りを促す
  • 20年以上前の病棟医時代の臨床経験は意外に新鮮にひびく。安全性やインフォームド・コンセントの問題が今ほど重視されていなかった時代の医師の発想を紹介することで、現在行っている医療の歴史的な位置づけを伝える

病棟におけるコミュニケーション困難事例

  • Life Historyの聴取が有用であること
  • 病棟診療におけるFIFEの適用の際に注意すべきこと
  • 倫理的問題~食べられない高齢者,胃ろう適応は普遍的に存在する

看護師は何を考えているか~専門職連携の視点から

  • 看護とはそもそも何か,看護学はどのような学的領域か
  • 看護研究にどうアクセスし,どのように活用,適用するか
  • 看護教育の日本における歴史と,多様性と複雑性~受けた教育による看護観やコミュニケーションパターンの違い
  • 病院看護管理の特徴と問題点
  • 保助看法の読み替えのトレンド

家族指向性ケアの病棟医療への導入

  • 意思決定プロセスのための家族志向性ケアの基本的考え方~構造派家族療法の基本を知り、家族面談をしてみる

Creative Selfの考え方とInterpretive Medicineは病棟医療にもフィットする場合が多い

 

多疾患併存状態(Multimorbidity)をメタレベルで認知することと、ケアの組織化に関するアドバイス


どんな状態で,どんな条件が整うなら退院可能なのかに関するアドバイス

  • 退院後生活の予想にもとづく,退院後の経過に関する仮設設定,再入院はどのようなときに生じるか
  • 訪問診療に移行することのメリットとデメリット

3.その他教養に関するもの

医療と文化や政治との関連に関する示唆

  • マンガ,文学,映画,ドラマ,アートと医療の接続
  • 現在の日本の医療政策の流れ,世界の保健医療の話題
  • 昭和レガシー既得権益団体としての医師団体の紹介と対処法

コミュニティの話題,社会的な価値の変動の話題など

  • ものからことへ,お金の変化,GAFAなど最近の社会経済的動き
  • 若い医師の価値観を聞き,議論を促し,生産的な議論とはなにかを伝える
  • 検討事例と、今起きている社会的事件・事象との関連の考察

 

 これらの項目は、これまでその存在意義が模索され続けてきた、大学医学部総合診療科が他科にどのように教育的に貢献できるかのヒントにもなると信じます。 

 基本的に教育病院での教育活動は、お金には変えられない、非常に楽しく、やりがいのある仕事です。これからも続けていきますよ。

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