複雑困難事例や多疾患並存の診療のために必要なこと

 この数年間、いくつかの比較的規模の大きい病院の総合内科や総合診療科でのケース・カンファレンスに参加したり、あるいはコンサルテーションで招かれたりしています。むろん地域の家庭医としての仕事をしている自分だからということで、セレクションしてもらっているということもあるとは思いますが、僕に相談したいと提示されるケースは、下降期慢性疾患がいくつかある多疾患並存multimorbidityのケースや、社会経済的問題や家族問題などで複雑な状況になっているケースだったりすることが多いようです。また、患者医師関係に困難があるケースも結構提示されます。そして「食べられない高齢者」ケースでの、家族と医療者の認識のギャップ問題は定番中の定番であり、どの地域にいってもかならず「困っているケース」として取り上げられます。プロシージャ、たとえばカテーテル治療、内視鏡治療などの治癒的治療・処置目的の入院患者が多い病棟とちがって、いわゆる一般内科とみなされている病棟全体が、ほぼcomplex casesやmultimorbidityであふれているように見えるというのは、言い過ぎでもないような気がします。

 内輪のカンファレンスだからということもあるのでしょうが、ブラックなジョークも結構飛び交うし、「この患者さんはこだわりの強いキャラで、説明が入らないので困ってます。IC(!)とれません」というように、「◯◯なキャラで」というのは、若い医師の間では定番フレーズになっているようです。おそらくこれは、若手医師自身のストレスに対するある種のガス抜きになっており、仕事を続けていくためには必要な反ポリコレ的な言説だろうと思います。あくまでクローズドでのみ通用する言説です。

 端的に言えば、complex casesやmultimorbidityあるいは下降期慢性疾患(入退院を繰り返す高齢者の慢性心不全など)をみるためには医師側にレジリエンスが相当必要になるということなのです。

 また、従来型の看護師ー医師関係が維持されている病棟はたくさんあります。つまり、「医師がすべてをルールする」という孤高の医師像、lone physician modelとして医師を位置づけている病棟看護師文化はまだまだ健在ですし、「そろそろ退院の時期なので説明してください」といった言説は根強くあるようです。そもそもcomplex casesやmultimorbidityは問題解決が原理的に不可能な場合が多く、「医学的」問題解決をずっと長期間にわたって教育されてきたlone physicianの医師はあきらかに無力な場面が多いと思うのです。

 最近目にしたサイトに、高齢者を「枯らす」ための医学的方法論について大真面目に展開しているブログがありました。読んでみると、その文章の基底にあるのは、「自分がやっている医療、やるべきとされている医療には何の意味があるのか」という無力感と徒労感だと思いました。

 総じていうと、医師の可処分所得、可処分時間を制度的に確保したとしても、「可処分精神」が確保されないと「内科病棟」の医師はもたなくなる、バーンアウトするのではないかということです。

 現在若手のprimary care研究者として活躍している家庭医療専門医が、レジデントとして僕のプログラムに在籍していた時、プログラム修了要件とされていたミニ研究を診療所で実施しました。それは、ある特定の2週間の間に自分が診療所で診た全ての患者の複雑度を測定するというものでした。それにより、明らかになったことは、家庭医療診療所では子どもの患者が多いせいもあって、複雑度の低い患者がかなり多く、相当複雑度の高い患者も少数だが確実に存在しているということでした。ヒストグラムは複雑度の低いところから高いところに向かって、ロングテール状に伸びていました。当時その報告を見たときは、「いや、そりゃそうですよね、診療所だし・・」と思っただけでしたが、最近この研究の重要性に気づいたのでした。

 なぜ、自分が診療所の外来や在宅で、かなり難しいcomplex casesやmultimorbidity casesを意欲的に、もっといいかえると精神をすり減らし過ぎずに診ることができるかということにこの研究はつながっているとおもったのです。つまり、熱性疾患が改善した子どもの笑顔に癒されたり、病状の落ち着いたお年寄りが控えめに発した「先生も無理しすぎないようにしてくださいね」という言葉にほっこりしたりすることが重要なのだと気づいたのでした。つまり、医師が自分の仕事の対象に癒されることがないと、あるいは癒し、癒されるような相互関係がないと可処分精神を確保することができないだろうし,complex casesやmultimorbidityをよい精神状態で診ることができないのだと思ったのです。

 おそらく病棟を担う総合診療医や総合内科医は、癒し、癒される診療現場を定期的に回遊したほうがいいと思います。そして、そいういう診療現場は家庭医療を展開している場に結構あると思うのです。

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