日本の総合診療は諸外国の実践から何を学ぶべきか?
現在議論されている日本における総合診療が、諸外国ではどのような医療形態にあたるのかは実は明確になっていない。Family Medicine(北米、東アジアでの名称)あるはGeneral Practice(欧州、コモンウエルス圏での名称)とされるものなのか、あるいはGeneral Medicine(欧州、コモンウエルス圏での名称)あるいはGeneral Internal Medicine(北米での名称)、Hospital Medicine(米国での名称)を包含するものなのか?
これまでの日本における総合診療に関する議論の経過とステイクホルダー達の発言をたどる限り、日本の総合診療専門医の医師像とは、
1.診療所(病院も含む)の非選択的外来診療、在宅医療、地域の保健予防活動を担うプライマリ・ケアの専門医(ほぼ家庭医療に一致する)
2.病院において必要に応じた病棟医療、一部救急医療や外来診療を担うPhysician for adult medicine≒ホスピタリスト≒(総合)内科医
のハイブリッド型と言えるだろう。そして諸外国においてはこの二つの専門医像は異なる領域であり、これまでの世界的な常識では、同じ研修プログラムによって生み出される専門医とは考えられていないと思われる。しかし、日本の文脈でこの二つの医師像が総合診療医というひとつの名称で呼ばれていることの意味を、私は深く探るべきであろうと考えている。
総合診療自体が、もともと最初に定義されたものではなく、これからの日本の医療においてどのような医師が必要になるのかという論点で、様々なレイヤーで行われてきた放射的な議論から「帰納的」に生み出された日本独自のコンセプトであるという認識が必要である。
日本の医療あるいはヘルスケアシステムの今後を構想する上では、
1.少子高齢化と人口減少
2.経済的低成長の持続と国家財政の逼迫
3.疾病構造の変化と国民の医療に対するニーズの変化・多様化
を基調とした上で、医療の「質」「提供の妥当性」「費用対効果」「公平性」をバランス良く保ち[1]、地域ごとに医療・介護・福祉の提供体制の最適解を追求する「地域包括ケア」を構築する必要がある。そのためには、英国など欧州に代表されるようなプライマリ・ケアを中心とした医療システムの再構築が、日本においても必要であろう。
また地域基盤型ケアにおける統合(水平統合)と施設間連携における統合(垂直統合)が地域包括ケアの本質であるといえる。そして、水平統合は専門職連携がキーであり、垂直統合においては、医療における価値を共有した(規範的統合)連携のキーとなる専門職がそれぞれの施設に存在する必要がある。
日本における総合診療医とは、こうしたプライマリ・ケアを中心としたヘルスケアシステム、そして地域包括ケアが機能することに資する専門医であるといえるのではないだろうか。つまり、施設のコンテキストに次第でその業務の内容を変化させ、必要な知識や技術を伸長させ、ある時期は診療所で、またある時期は病院病棟でも機能できるような医師のことといえるだろう。
こうした医師像は、米国で家庭医が病院病棟を担っている地域にそのホモロジーをみることができるが、殆どの国では病院とプライマリ・ケアにおける役割が完全に分離しているため、直接日本が参考にできる事例は少ないと思われる。
しかし、むしろ様々な国における家庭医療やホスピタリスト医療の構成要素をハックし、日本にビルトインすることは可能である。まずはトライしてみる、そしてきちんと評価し、フィードバックするというような試みは緊急的にも必要である。前例主義が主流の日本の医療政策立案環境において、トライ&エラー&フィードバックといったやり方は根付いたものではないが、医療システムの再構築が喫緊の課題であるがゆえに、今こそそれをやるべきではないだろうか。そこで、
1.プライマリ・ケア中心のヘルスケアシステムにおける登録制導入の重要性
2.病院医療における総合診療部門の必要性
3.総合診療医を量的質的に確保するための医学部卒前卒後教育のカリキュラム
4.各科専門医から総合診療医へのコンバートを可能とするための条件整備
について、各国の状況から急ぎ輸入すべきものはなんだろうかと考えてみたい。
1.登録制を導入している代表的な国は英国であり, そのプライマリ・ケアシステムを参照して,様々なEU諸国が導入してきていることは周知の事実である。近年登録制を導入した先進国の成功例としてはノルウエー があげられるだろう。
そして、すくなくともフリーアクセス自体の国民の健康へのインパクトや費用対効果へのポジティブな影響は実証されていないと思われる。おそらく日本におけるフリーアクセス「主義」は現時点ではイデオロギーでしかない。
特に注目したいのはエストニアの試みである。1991年の独立以降,eHealth戦略のヴィジョンのもと登録制にもとづくプライマリケアの構築とエビデンスに基づく医療政策立案実行を掲げている。
今後の日本においては,私の考えでは、逼塞状況にあるマイナンバー制度の活用と,日本の実情を加味した一定の登録制を急ぎ導入する必要があるのではないだろうか。また,この制度はかかりつけ医の診療報酬上の重視というような,患者負担を増加させる方向ではなく,むしろ登録制に乗る患者の自己負担を軽減する方向ですすめるべきであろう。
2.地域包括ケア時代における病院医療では,地域との連携,垂直統合がキーであり,規範的統合の要となる病院部門が必要である。その病院部門は総合診療部門である。この病院における総合診療診療の担い手が病院総合医と呼ばれることが多い。しかし、このモデルとして参照できる国は比較的少ない。おそらくもっとも近い構造を持つものが米国におけるホスピタリストである。ホスピタリストの主たる役割は、外来診療を担うプライマリ・ケア医(家庭医)から患者を引き継いで入院診療を行い、治療終了後は再びプライマリ・ケア医に患者を戻すことであり、病院における医療のリーダーとされていて,基本的にジェネラリストである。ほぼ成人患者を対象とするが、病棟さえも、守備範囲である限り、年齢性別、疾患を問わない事例も少なくない(成人の入院と同時に、小児の軽い肺炎や、妊婦の妊娠悪阻、出産直後の健康な母子などの入院事例を並行で診療することがある)。長くアテンディング制の伝統のある米国において,病院医療に特化した専門職は当初の予想をこえて広がってきている。
日本のコンテキストにおいては,おそらく米国型のホスピタリスト制度の参照は部分的であろう。が,病院医師の働き方改革として「交代制」「チーム制」をとるホスピタリストの働き方は注目すべきである。また,日本の病院の医師は,プライマリ・ケア外来や救急外来,さらには在宅診療までやっていることもあり,その仕事の内容は実質的に総合診療に近いところがある。おそらく日本の総合診療は診療所から病院病棟勤務まで仕事内容にグラデーションと多様性があるといってよい。
米国の家庭医療部門はかなりの高機能の病棟部門を持っている場合があるが,これはその部門とつながっている地域の家庭医が診ている患者のための病棟である。つまり,地域の不特定多数に開かれた病棟ではない。不特定多数に開かれているのは救急部門と一般内科病棟である。この違いは地域包括ケア時代における日本の病棟医療を考える時に極めて示唆的である。たとえば地域包括ケア病棟を担当する医師は総合診療医がベストであるといえるのではないだろうか。なお。米国のホスピタリストとして仕事をする医師の出身レジデンシーは内科及び家庭医療科であることにも注目したい。
3.総合診療医のキャリアを選ぶ医師をどう確保するかということについては,各国が苦闘している状況がある。しかし,一定のコンセンサスは出ており,オーストラリアやカナダの取り組みに注目したい。答えはシンプルであり,医学教育の場を地域に広げること,地域での医学教育に取り組む医師を確保することである。
米国が1960年台後半に家庭医療の専門医制度を構築する際に,大学での家庭医療部門を同時に設置したが,その際にリーダーとして採用した教授陣は地域の先鋭的な総合診療医だったことを思い出すべきである。既存アカデミーの価値観の中からは,あたらしいカテゴリーのリーダーは生まれないという視点からの施策である。当時の米国においては家庭医療は明らかにイノベーションだったからである。
日本の総合診療の発展が当初期待されたほどには生じなかった 主たる理由はここにあるのではないだろうか。既存の価値観を持つ 教員のよこすべり人事ではイノベーションがおこるはずがないからである。今からでもおそくないので,真の総合診療のリーダーをテニュアとして大学が採用し,そして大学病院の経営への貢献でエフォートを評価しないことで,日本における大学総合診療部門の再興に取り組むべきである。
4.診療各科医を総合診療医にコンバートする方略としてもっとも注目すべき国の一つは,またしてもエストニアである。1991年(旧ソ連から独立)よりプライマリヘルスケアに注力すでにプライマリケア医として働いている地域の医師、小児科医、婦人科医、救急医はパートタイムで再訓練を受けられるしくみになっている。つまり、家庭医の研修は当初オーダーメイドの再教育プログラムとして開始された。3年間におよび、最終試験を経て終了となるこのプログラムは1991年から2004年まで行われたとのことである。また、タイでは5年以上の地域医療での勤務歴があれば総合診療専門医へのアクセスの門戸をひらいている。
シンガポールでは一度病院等で勤務した医師が家庭医を目指す場合は2つのルートがある。一つは各FM Residency programに申し込んで3年間の研修を受けるルート。もう一つが既存の勤務先で勤務を続けながら家庭医になるためのトレーニングを受けるGDFMのコースである。医師の中には現在の勤務を続けながらも家庭医療の専門医の資格を取りたいと考えている医師、家庭の事情によりResidency Programには進めない医師もいるため、そのような医師に対して2年間のパートタイムの教育を提供することで家庭医療専門医を増やしていく取り組みを行っている。これは日本が見習いたい制度である。
いずれにしても,さまざまなルートで総合診療医へのキャリアチェンジが可能になる仕組みを至急構築すべきである。
ただし、不幸にも日本においては総合診療専門医制度はガバナンスと理念に欠ける専門医機構がすべてをルールするといういささか前近代的なスタイルでの運営が始まっており、現場のエキスパートジェネラリストがその運営に関与できない現状がある。この状況もハックして変化をもたらすことも必要であろう。
[1]: Boelen, C. Prospects for change in medical education in the twenty-first century. Academic Medicine, 1995; 70(7); 21-8.