Ian R. McWhinney, The importance of being different. William Pickles Lecture 1996. Br J Gen Pract 1996;46:433-6 を挟んで
作成支援:Claude Opus 5(Anthropic)
これは実在の人物の公刊された著作にもとづいて構成した架空の対談である。McWhinney側の発言は、この講演および彼の著作に示された論旨から再構成したものであり、当然ながら、実際の発言記録ではない。
1 周辺人であることの選択
藤沼 今日はこちらを持ってきました。1996年4月、アバディーンでのWilliam Pickles Lecture。Kiddの記念講演の元になった、先生ご自身のテキストです。まず冒頭です。
McWhinney Reidの調査の話ですね。
藤沼 1975年にスコットランドで、当時12人しかいなかった大学所属の一般医全員に面接した研究です。彼らは医学部のなかで「周辺人」だと感じていて、学問的主流からも、常勤の実地医家からも疎外されていた。先生はそれを引いたあと、こう書いています。受け入れられるためには、一般診療はもっと実務主義を脱し、もっと理論的になり、もっと量的研究を産出しなければならない、と言われている、と。そして、それを退ける。
McWhinney あの処方箋は、周辺性を欠陥として診断していました。私の見立ては逆でした。一般診療が周辺的なのは、学問的主流と根本的なところで異なっているからで、医学に対する我々の価値はその差異のなかにある。だから、同化によって承認を得ようとすることは、価値そのものを手放すことになる。
藤沼 ここで私は一度立ち止まりました。というのは、私はいま日本で、若い総合診療医に向けて「もっと理論的な研究をすべきだ」と言おうとしているからです。日本の総合診療研究は量的研究と疫学に強く傾いていて、哲学的・社会学的・概念的な研究は研究として認められにくい。私はその状況を変えたい。しかし先生は、まさに「もっと理論的に」という処方箋を退けておられる。
McWhinney 私が退けたのは、その言葉が置かれていた文脈です。あの処方箋のなかで「理論的」という語は、主流の理論の枠組みを借りてくることを意味していました。より抽象度の高い一般法則を立て、量的方法で検証する。それが学問の唯一の形だという前提です。私が拒んだのはその前提であって、理論そのものではありません。
藤沼 つまり、承認のための理論化ではなく、自分たちの実践を自分たちで理解するための理論化なら。
McWhinney それは必要です。むしろそれをやらなければ、周辺にとどまることは単なる怠慢になる。差異を擁護するには、差異が何であるかを言えなければならない。私があの講演で四つの違いを列挙したのは、擁護のためではなく、記述のためでした。
藤沼 その区別は、日本の議論に持ち込む価値があります。私が学会で「哲学が必要だ」と言うと、二種類の反応が返ってきます。ひとつは「研究の逃げ場だ」という冷ややかな反応、もうひとつは「そうだ、我々には固有の価値がある」という同調です。困ったことに、後者のほうが厄介です。差異が価値の表明で止まり、記述に進まない。
McWhinney 私の講演も、その止まり方で読まれてきた面があると思います。四つの違いは、誇るための項目として引用されることが多かった。しかし、あれは条件の記述です。この条件のもとで働く者は、こういう認識の形を取らざるを得ない、という話です。
藤沼 もうひとつ、先生は予言をされていますね。いずれ学問的主流のほうが我々に似てくるだろう、と。三十年たった2026年から見て、この予言はどうなったとお考えになりますか。
McWhinney あなたの見立てを聞かせてください。
藤沼 半分は当たり、半分は不気味な形で実現した、というのが私の印象です。複雑性、マルチモビディティ、患者中心性、共同意思決定、質的研究の正統化——先生が周辺から言っていたことの多くは、いま主流の語彙になりました。ただし、主流化の過程で形が変わりました。患者中心性は面接技法のチェック項目になり、共同意思決定は同意取得の手続きになり、複雑性は「複雑な症例」というカテゴリー名になった。概念が制度に取り込まれると、それを支えていた認識論が剥がれ落ちて、操作可能な部分だけが残ります。
McWhinney 言葉が勝って、中身が負けたわけですね。
藤沼 そう感じます。だからこそ、いま原典を読み直す意味があると思っています。
2 関係が内容に先行する
藤沼 第一の差異に入ります。先生の定式は明快です。他の分野は内容——疾患、臓器系、技術——によって自らを定義するが、一般診療では関係が内容に先行する。私たちは、その人がどんな病気になるかを知る前から、その人を知っている。
McWhinney そして、ある医師にとっての「内容」とは、厳密に言えば、その医師の患者たちがたまたま持っている状態の総体です。他分野では内容が先にあって患者が来る。私たちの場合は患者が先にいて、内容は事後的に決まる。
藤沼 この一文が、理論的基盤の議論の起点だと思います。他科の領域は、医師の外部にある対象の切り取りによって画定されている。だから領域は医師が誰であっても同じです。ところが家庭医療では、領域の中身は誰の診療かによって変わる。定義に医師本人が含まれている。
McWhinney しかもそれは診療所の場所や、その地域の人口構成や、その医師が何年そこにいるかによっても変わります。私が生涯かけて書いたTextbookが、内容の教科書ではなく原則の教科書にならざるを得なかった理由はここにあります。内容は書けない。書けるのは、内容が決まらない状況でどう振る舞うかだけです。
藤沼 日本の文脈だと、この点がむしろ際立ちます。日本にはゲートキーピングも登録制もありません。誰がどこを受診してもよい。制度が内容を画定してくれないので、診療所の外来は原理的に何でも来る場所になっています。それを長年「よろず相談」と呼んできましたが、これは自嘲まじりの俗称で、理論的な位置づけを与えられたことがない。
McWhinney あなたが言っていた反転診療の再定義は、そこに関わるのですね。
藤沼 ええ。イギリスでは、制度が医師の課題設定を強いる構造があるので、それを患者の課題設定にひっくり返すという抵抗の身振りになる。日本ではそもそも制度が課題設定を強いていないので、同じ概念が肯定的な記述として使える。ただ、制度の支えがないぶん、実践は個々の医師の資質に依存し、脆い。
McWhinney 私は、内容に縛られないことの利点と欠点を両方書きました。利点は、予期しないものが来るという性質と、変化への柔軟さです。欠点は、関係をますます軽んじる社会のなかで、この定義が理解されにくいということでした。日本では後者がどう出ていますか。
藤沼 診療の価値が処置と検査で測られる仕組みですから、関係そのものは制度上ほぼ不可視です。二十年診てきた患者の再診も、初対面の再診も、同じ点数です。関係の蓄積が価値として計上されない。
McWhinney その不可視性は、我々の側の言語の不足でもあります。私が続けて書いたのは、関係を重んじることが知識の価値づけそのものを変えるということでした。関係を重んじる者は、Charles Taylorの言う道具的で「関与を切った」理性ではなく、経験によって世界を知る傾向を持つ。経験は知性だけでなく感情を巻き込みます。だから感情が一般診療で大きな位置を占め、そして医学全体でそれが著しく軽視されている。
藤沼 この、関係→知識の価値づけ→感情、という導出の順序は、Kidd経由では完全に落ちていました。四つの差異が並列に紹介されるので、それぞれ独立の特徴のように見えてしまう。実際には第一の差異から残りが導かれる構造になっている。
McWhinney 最後に書いた通りです。四つは一続きのものです。長期の関係に第一義を置けば、注意は病いの個別の細部に向かう。関係の文脈のなかで病いの複雑さに向き合えば、機械論的にも二元論的にも考えられなくなる。順序があります。
3 適切な距離と、単独者の学

藤沼 第二の差異、一般法則ではなく個々の患者において考えるという話に進みます。ここに引かれているUmberto Ecoの一節を、私は何度も読み返しました。修道院へ登る道でバスカヴィルのウィリアムがアドソに説明する場面です。遠くから見れば動物だとしか言えない。近づけば馬だと分かる。適切な距離まで来て初めて、それが院長の馬ブルネッルスだと分かる。それが完全な知であり、単独者の学である、と。
McWhinney あの一節は、抽象と個別が対立ではなく距離の関数であることを示しています。近づくほど個別の細部が満ちてくる。離れるほど抽象度が上がる。医学は個々の患者から十分に距離を取ることで、個体ではなく疾患という抽象を見る力を得ました。それが予測力の源です。私たちは今それを診断と呼びますが、かつて医師は疾患ではなく患者を診断すると言っていました。
藤沼 先生、ここでひとつ申し上げたいことがあります。私は「可変焦点距離診療」という概念を作って使ってきたのですが、原典を読み直して、これは先生がEcoから引いた一節の展開でしかなかったと気づきました。
McWhinney 展開なら、それは仕事です。私はあの一節を引いて、距離の話だと指摘するところで止めました。距離を臨床家が意識的に操作できるとまでは書いていません。あなたは何を足したのですか。
藤沼 三つ足しました。ひとつは、距離が連続的ではなく、いくつかの定まった焦点で切り替わるとしたこと。内的経験、身体、関係のネットワーク、という三つの焦点距離です。ふたつめは、それぞれの焦点に理論的な参照枠を割り当てたこと。内的経験にはBuryの個人誌の混乱(biographical disruption)とDowrickの自己論、身体にはMerleau-PontyとCanguilhemとCarel、関係にはKleinmanとWilliam L. Miller。みっつめは、全体を一望する視点は存在しないと明示したことです。
McWhinney 最後のが重要ですね。
藤沼 「全体を見る」という言い方が、家庭医療の理論を無内容にしてきたと考えているからです。全体を見る視点があるかのように語ると、それは誰も到達できない理想になり、教育不能になる。あるのは切り替えだけで、全体は切り替えの軌跡としてしか現れない、と言い切るほうが、若い医師には手がかりになります。
McWhinney 私は地図と土地の比喩を使いました。Korzybskiの比喩です。地図は特徴を抽象し、他を無視して作られる。地図で土地を知ることと、そこに住んで知ることは違う。土地の者は土地の一部であることによって知っていて、その知は内臓感覚的で、多くは暗黙で、言葉にしにくい。新しい計画が自分の土地で通用しないと分かるが、専門家に理由を説明できない農夫のように。
藤沼 この比喩について、率直に申し上げてよいですか。
McWhinney どうぞ。
藤沼 私はこの比喩に、危うさを感じます。暗黙で言語化しにくい知を称揚することは、言語化しないことの正当化に転用されやすい。「我々の知は本質的に語り得ない」という命題は、学問の放棄と区別がつきません。そして実際、日本の総合診療の議論では、この転用がしばしば起こります。
McWhinney その批判は受け止めます。私が書きたかったのは、地図を捨てろということではありません。私は続けて、抽象も必要だ、理想は二種類の知の統合、個別のうちに普遍を見る能力だ、と書いています。どちらか一方に住み込むことには罰則がある。個別に住みすぎれば木を見て森を見ず、抽象に住みすぎれば患者の経験からの乖離と、その苦しみへの感受性の欠如が来る。
藤沼 その両罰則の記述はよく引かれます。ただ、統合の方法は書かれていない。
McWhinney 書けませんでした。当時の私には、統合を手続きとして記述する語彙がなかった。焦点距離という言い方をあなたが持ち出したとき、それが方法として使えるかどうかは、あなたの世代が臨床で確かめることです。ひとつ注意を申し上げると、距離を意識的に切り替えるという定式は、切り替える主体を距離の外側に置いてしまいます。
藤沼 ……操作する自己が、どの距離にもいない超越的な位置に立ってしまう。
McWhinney そうです。それは私が批判した関与を切った理性の、別の形かもしれません。土地に住んでいる者は、距離を選べません。
藤沼 これは持ち帰ります。おそらく、切り替えは自由な操作ではなく、患者との関係のなかで引き起こされるものだと言い直す必要がある。医師が距離を選ぶのではなく、その場が距離を要求してくる。
4 維持する原因、開始する原因
藤沼 第三の差異、機械論的ではなく有機体的なメタファーに立つ、という節に進みます。原典のこの部分は、Kiddの紹介では自然治癒力への信頼として簡略化されていましたが、実際には因果論の全面的な組み替えを要求していますね。
McWhinney 医学は特異的病因論に支配されてきました。ひとつの疾患にひとつの原因、という教義です。因果作用は、動いている球が止まっている球に当たるように、受動的な対象に直線的に働く力として考えられてきた。しかし自己組織化する系では因果は非線形です。生体と環境のあいだ、生体の各水準のあいだに多重のフィードバック回路があるので、直線ではなく因果のネットワークで考える必要がある。
藤沼 そして、ここです。ある病いの「特異的原因」は、生体がすでに持っていた潜在的な過程を引き金として解発しただけかもしれない。病いを維持し治癒を妨げている原因は、それを開始した原因とは別でありうる。そして維持する原因のなかには、生体自身の不適応な行動が含まれうる。
McWhinney その三つ目が、臨床的には一番重要です。
藤沼 先生、私はこの数年、機能性神経症状症と長期化する疲労の症例を通じて、ある循環を記述しようとしてきました。資源と需要の不均衡が疲弊を生み、疲弊が症状を生み、症状が生活の支障を生み、支障がさらに資源を削る、という循環です。患者がなぜ良くならないのかを説明する枠組みとして使っています。この循環は、いま先生が言われた「維持する原因」の記述そのものです。開始の原因が何であったかは、しばしば分からないし、分かっても介入できない。しかし維持の回路には入り口があります。
McWhinney それは治療的無力を意味しない、と私も書きました。単純な因果思考から、複雑系のなかで変化がどう促進されうるかを考える思考への転換が要る、ということです。
藤沼 ただ、この循環を患者に提示する順序が難しい。医師の側から「あなたはこういう循環に入っています」と説明すると、それは新しい機械論になります。原因を身体から生活に移し替えただけの、別種の因果図式です。私が有効だと感じているのは、患者自身の言葉のなかから循環を後から浮かび上がらせる進め方です。
McWhinney それは私の言い方では、地図を先に見せないということですね。
藤沼 ええ。地図を渡してしまうと、患者はその地図の上を歩き始める。
McWhinney もうひとつ、私がこの節で引いたCassellの議論に注目してほしい。彼は、関係は特異的疾患の原因として働くのではなく、宿主抵抗性という中間の水準で作用すると予測しました。社会的孤立は、ほぼすべての死因について死亡率を上げる。だから心身症という独立した疾患群という考えは無効になる。どの疾患においても、社会的要因が因果の網の一部でありうるし、人間関係が治癒過程の一部でありうる。
藤沼 この「中間水準」という位置づけが、私がいま取り組んでいることの理論的な土台になりそうです。Johanna Lynchが Sense of Safety という概念を立てて、安全感を身体・自己・関係・環境・時間にまたがる統合的な感覚として記述しています。私はこれを、家庭医療の癒しの理論の前提層として据えようとしてきたのですが、先生の枠組みに置き直すと、安全感とはCassellの言う宿主抵抗性の主観的な相にあたる、と言えるかもしれません。
McWhinney だとすれば、それは特異的な治療の対象ではなく、あらゆる疾患の経過に作用する条件だということになります。
藤沼 そうです。そしてそれは、家庭医が特定の疾患を担当しないことの理論的な正当化になります。私たちが扱っているのは疾患横断的な条件のほうだ、と言える。
McWhinney ひとつ確認させてください。有機体的に考えるとは、複雑さにおいて考え、不確実性を受け入れることです。一般化は「この文脈においては、多くの場合これが当てはまる」という形でしか立てられない。あなたの安全感の議論は、その形を保っていますか。それとも「安全感が土台である」という新しい普遍法則になっていませんか。
藤沼 ……危ういところです。前提層という言い方は、順序の主張ですから、普遍法則に近づきます。文脈依存の形に戻すなら、「安全感が損なわれている文脈では、意味づけの作業は多くの場合作用しない」と言うべきでしょうね。
4 病院という場の総合診療
藤沼 ここで、日本の現状について先生のご見解を伺いたいことがあります。この十数年、日本では病院総合診療への需要が急速に高まっています。高齢で複数の疾患を持つ患者の入院が増え、臓器別の内科では受け皿にならなくなった。制度としても専門研修の枠組みができました。
McWhinney 需要が先に来て、あとから定義が追いかけている状況ですね。
藤沼 その通りです。そして現場での理解は、多くの場合こうです。臓器別に振り分けられない患者を引き受ける人。専門が決まっていない内科医。つまり残余カテゴリーとして理解されている。
McWhinney 否定によって定義されている。
藤沼 ええ。私が問題だと感じているのは、病院総合診療で働いている認知の様式が、内科のそれとは微妙に違うということです。そして「微妙に」であるために、内科の下位区分として理解されてしまう。
McWhinney 具体的にどう違いますか。
藤沼 内科の認知エンジンは、ひとつの統一診断への収束です。所見を束ね、抽象カテゴリーに帰属させ、できるだけ少ない仮説で説明する。ゴールは診断名で、それが得られれば治療方針が決まる。病院総合診療の現場では、それがしばしば報われません。八十五歳、心不全と腎機能低下と認知症と長年の腰痛があり、独居で、今回は転倒後の食思不振で入院した。統一診断はありませんし、仮にあっても、それだけでは次の行動が決まらない。
McWhinney ではそこで何が働いているのですか。
藤沼 三つあると見ています。ひとつは、複数の問題のうちどれがいまの軌道を規定しているかの見極め。ふたつめは、追わないと決める判断。みっつめは、退院後の生活への着地から逆算する時間の見方です。
McWhinney ひとつめは、私が書いた区別そのものですね。入院させた原因と、退院を妨げている原因は別でありうる。そして後者はしばしば医学的な原因ではありません。
藤沼 まさにそこです。ただ、この区別が内科の言語では表現しにくい。「病態が落ち着いたのに帰れない」という言い方になり、それは医学の外の問題として処理される。維持する原因という枠組みを持てば、それは医学的な問題として扱えるはずなのですが。
McWhinney ふたつめの「追わない判断」は、もっと厄介でしょう。
藤沼 そこが一番理解されないところです。検査を追加しない、鑑別を閉じる、という判断が、内科の価値体系のなかでは怠慢や能力不足と区別がつきません。積極的な臨床判断としての「追わない」を記述する語彙がない。
McWhinney 私の言い方に置き直すなら、地図をどこまで描くかの判断です。地図作りには原理的に終わりがありません。どこで地図を措いて土地に降りるかを決める技術は、地図作りの技術とは別種のもので、地図作りの評価軸では測れない。測れないものは、その評価軸のなかでは存在しないことになります。
藤沼 ここで、先生の理論そのものに関わる疑問を申し上げます。第一の差異、関係が内容に先行するという定式は、病院では成立しないのではないでしょうか。入院は数日から数週で、その人を以前から知っているわけではない。継続性がない。だとすれば病院総合診療は、先生の枠組みでは基礎づけられないことになります。
McWhinney そこは精密に見ましょう。私が書いたのは、関係が内容に先行する、ということであって、関係が長い、ということではありません。長期性はその関係を豊かにする条件ですが、定義そのものではない。定義上決定的なのは、誰を引き受けるかを内容によって決めていない、という一点です。病院総合診療医は、患者が持ち込む問題の種類によって引き受けを決めていますか。
藤沼 決めていません。むしろ、他が引き受けない患者を引き受けています。
McWhinney ならば構造は同じです。彼らにとっての内容は、彼らの患者がたまたま持っている状態の総体でしかない。ただし、代償があります。あなた方が外来で使っている時間という道具を、病院では使えない。
藤沼 「来週また来てください」が言えない。
McWhinney 診断の不確実性を時間で解く方法が閉じられているということです。そのぶん、別の資源で補っているはずです。何で補っていますか。
藤沼 ……考えたことがありませんでした。何でしょう。
McWhinney 推測を申し上げるなら、空間と多数性でしょう。外来の家庭医が時間軸を通じて得るものを、病院では同時に複数の目で見ることによって得ている。看護師、療法士、薬剤師、ソーシャルワーカー。彼らが見ている患者は、それぞれ別のものです。
藤沼 ……それは焦点距離の話ですね。一人の医師の内部での切り替えではなく、チームのなかに分散して配置されている。前回、私の可変焦点距離という概念について、切り替える主体を距離の外側に置いてしまっていると先生に指摘されました。病院では、その主体は個人ではなく場なのかもしれません。
McWhinney だとすれば、あなたの理論には次の課題があります。分散した焦点がひとつの像に統合されることは、自動的には起こりません。誰かがそれを引き受けなければならない。病院総合診療医の固有の機能は、そこにあるのではありませんか。
藤沼 「全体を見る人」という言い方をすると無内容になりますが、「分散した焦点が統合される場を維持する人」なら、業務として記述できます。カンファレンスをどう設計するか、記録に何を書くか、家族面談をどこに位置づけるか。抽象的な資質ではなく、具体的な作業の集合になる。
McWhinney その方向で書けるなら、それは内科の下位区分ではないと言えるでしょう。
藤沼 関連して、Etz、Miller、Stangeがジェネラリストとスペシャリストの診療を導く単純な規則について書いた論文があります。少数の単純な規則から複雑な適応行動が創発する、という枠組みです。私はこれが病院総合診療にも適用できるかを考えています。
McWhinney 規則がアルゴリズムではなく制約として働くなら、有機体的な考え方と整合します。ただ、創発には余白が要ります。病院という場は、在院日数と回転率で最適化されている場です。余白を削ることが経営上の善である場所で、創発を要求する理論がどこまで働くのか。
藤沼 ……そこが、日本の病院総合診療がいま置かれている位置そのものです。総合診療医が期待されている役割の相当部分は、実際には回転率の維持です。難しい患者を引き受けて、詰まりを解消する機能。
McWhinney その期待に応えることで存在が認められる、という構造は危険です。認められるための働き方が、あなたが記述しようとしている固有の認知様式を摩耗させることになる。
藤沼 冒頭のReidの話に戻ってきますね。
McWhinney 同じ問題の再演です。承認を得るために、支配的な言語で自己記述する。病院総合診療が承認を得やすい自己記述は何ですか。
藤沼 「診断がつかない患者に診断をつける」です。これは内科の価値体系のなかで最も分かりやすく、実際、その能力を看板にしている集団もあります。ただ、病棟で実際に起きている仕事の大半は、そこではない。
McWhinney 承認されやすい記述を選ぶと、承認された時点で仕事の中身が変わります。若い医師は、承認される部分を学ぶからです。診断で認められた集団には、診断ができる若手が集まり、退院を妨げている原因を扱う仕事は、誰の専門でもないままになる。
藤沼 教育に跳ね返ってくる。私が病院総合診療の理論的記述にこだわっているのは、そこに危機感があるからです。ただ、私は家庭医療の側の人間なので、病院総合診療を自分の理論でそのまま説明してよいのかという迷いもあります。
McWhinney 私はあの講演で、四つの差異はその多くを他のプライマリ・ケア諸分野と共有していると書きました。共有していることと同一であることは違います。場が変われば、同じ導出の連鎖が違う形で現れる。家庭医療の記述をそのまま持ち込むのではなく、同じ問いを病院という場で立て直す必要があります。あなたが外来で得た概念を、そのまま病棟に翻訳しないほうがよい。
藤沼 立て直すとして、どこから手を付けるべきでしょうか。
McWhinney 摩擦の場所からです。うまくいった症例を集めても差異は出てきません。他科の医師から見て「なぜそこまでやるのか分からない」と言われる場面、あるいは逆に「なぜそれをやらないのか」と言われる場面。差異は、価値観がぶつかる場所に現れます。あなたが集めるべきなのは、成功例ではなく、説明を求められて困った場面の記録でしょう。
藤沼 ……それは、私がこれまで集めてこなかった種類の材料です。
6 断層線と、新しい断層線
藤沼 第四の差異です。心身の分割は地質学的断層のように医学を貫いている、という比喩が使われています。内科・外科・小児科が一方の側、精神科・児童精神科・老年精神医学が他方の側。疾患分類も治療も二つに分かれる。一般診療は関係によって自らを定義しているので、この分割ができない。
McWhinney この節で私が言いたかったことのひとつは、一般診療において行われていることを精神療法と呼ぶべきかどうかは疑わしい、ということでした。傾聴し、支持し、安心を与え、感情の表出を促し、認知の再解釈を助ける。これはすべての患者に対して行われることであって、精神科的な病いを持つ患者に限られません。
藤沼 そしてプラセボ効果についての一節。プラセボについて学べば学ぶほど、それは象徴的行為と儀礼を通じた医師-患者関係の治癒力であるように見えてくる、と。
McWhinney そして、その効果は関係の経験が繰り返されるたびに強まる。だから継続性を持つ我々にとって特別な意味を持ちます。時間の経過のなかで、医師との関係は患者自身の物語の一部になっていきます。
藤沼 この二文は、私が使ってきた二つの理論の接合点そのものです。Kleinmanの儀礼的治癒と、Buryの個人誌の混乱。診療という反復される場が象徴的な作用を持ち、その反復が患者の生活史のなかに位置を占めていく。先生は1996年にこれを二文で書かれていたのですね。
McWhinney その二文の先を書かなかったのが、私の限界です。
藤沼 その先を、いま私は二つの軸として考えています。ひとつはライフサイクルの軸で、発達段階の課題や移行の成否から仮説を立てられる、ある程度の普遍性を持つ軸。もうひとつは傷の歴史、トラウマヒストリーの軸で、これは個別性が極めて高い。この二つが絡み合ってその人の生活史ができている、という人間認識を家庭医が持つべきだと考えています。そして臨床上の分業として、家庭医の仕事は傷そのものの再処理ではなく安全感の土壌を保つことで、診断閾値を超えるものは専門科に紹介する、と。
McWhinney ……藤沼さん、それは新しい断層線ではありませんか。
藤沼 (沈黙)
McWhinney 私はこの講演で、既存の断層線を批判しました。感情は精神科に任せる、という臨床方法の遺産を批判した。あなたはいま、傷は専門科に任せる、と言っている。境界の位置は変わっていますが、境界を引くという構造は同じです。
藤沼 ……そこは自分でも気にしていた点です。弁明を試みます。私が線を引いているのは、扱う対象ではなく、介入の様式です。傷の存在は認識の前提として常に視野に入れます。そこから目をそらすのではない。そのうえで、傷を主題化して再処理する作業には固有の技法と枠組みが要り、それを訓練していない者がやると害があります。
McWhinney その区別は理解できます。ただ、それが現場でどう劣化するかを考えてください。「安全感を保つ」という指示は、実務的には「触れない」と読まれます。私が心配しているのは、あなたの理論が正しいかどうかではなく、あなたの理論を受け取った専攻医が、それを回避の許可として使わないかということです。
藤沼 その縮退は、私自身が最大の課題だと感じているところです。安全感の保証が受け身の回避に縮んでしまう。ここを能動的な方法論として書き直せていないのが、いまの私の宿題です。
McWhinney 書き直すときの手がかりを申し上げるなら、私は身体診察に注目します。身体を診察し、身体に注意を向けることは、同時に心に注意を向けることです。心的状態は姿勢や動きや筋の緊張に現れますし、身体を診察することが感情の表出の引き金になる。傷を主題化せずに傷に触れる経路は、言葉ではなく身体の側にあるかもしれません。
藤沼 ……それは考えていませんでした。日本の家庭医療は、身体診察を診断技術としてしか位置づけてこなかった。関係の技術としての身体診察という筋がある。
7 自己知という宿題
藤沼 この講演で、Kiddの紹介からほぼ完全に抜け落ちていたのが、終盤の感情と自己知の議論です。私はここが講演の核心だと思います。
McWhinney あそこを書くのに一番時間がかかりました。
藤沼 患者の感情に注意を向けることは、自分の感情に注意を向けることなしにはできない。鍵になる技能は注意深く聴くことだが、それは地図に目を向けていたり、次に何を言おうかと考えていたり、自分の否定的な感情に飲み込まれていたりしてはできない。そして、自我的な感情——恐れ、無力感、不安、怒り、罪責感——が自覚されないまま、回避や無関心や拒絶、時には残酷さとして行為に出る。
McWhinney 医師自身の愛情への欲求が、それを与える能力を上回ることがあります。祭司とレビ人は道の反対側を通り過ぎました。もっともらしい理由をつけて。
藤沼 そして先生は、医学は自己反省的な学問になりうるかと問い、その考えは途方もなく見えるかもしれないが、我々が有能な技術者であるだけでなく癒す者であろうとするなら、そうならざるを得ないと書かれる。
McWhinney 自己知が医学教育で軽視されてきたのは、そこへの道が長く困難だからでしょう。自我的な感情はしばしば美徳を装って現れますし、我々は誰でも自己欺瞞の能力を豊かに持っています。
藤沼 私はこの三十年前の呼びかけを、いま制度として作ろうとしています。Healer-Educator Programという指導医養成のプログラムを、福井大学の総合診療部と組んで七回構成で設計しました。指導医自身の専門職アイデンティティ形成を中心に据えて、「医師になること」「家庭医になること」「指導医になること」の三段階で自分の来歴を扱います。並行して、精神分析的スーパービジョンの概念——逆転移、パラレルプロセス、containing、negative capability——を家庭医療の後期研修指導にどう接続できるかを考えています。
McWhinney Balintの系譜ですね。私は「医師という薬」を引きました。我々の治療手段は、癒しの関係のなかにいる我々自身だ、と。
藤沼 ええ。ただ日本では、逆転移を言語化する文化が指導の場にありません。指導医が「この患者に苛立っている」と口に出すこと自体が、専門職としての失格の告白のように受け取られる。だから、それを安全に言える場をまず作らないと、概念だけ輸入しても機能しない。HEPを、その安全の基盤として位置づけようとしています。
McWhinney 順序としては正しいと思います。ひとつ、警告を申し上げてよいですか。
藤沼 お願いします。
McWhinney 自己知を教育プログラムに組み込むと、それは必ず評価の対象になります。省察の深さが評価されるようになると、学習者は評価される種類の省察を生産するようになる。自我的な感情は美徳を装って現れると私は書きましたが、省察の制度化はその装いに公認の様式を与えます。「私はこの患者に苛立ちを感じ、その背景に自分の何々があると気づきました」という、よくできた文章が量産される。
藤沼 ……日本の医学教育で、まさにそれが起きています。ポートフォリオが省察の様式を規定してしまった。
McWhinney 防ぐ方法を私は知りません。ただ、プログラムの設計者が、自分の作ったものが必ずそうなるという前提で設計するかどうかで、寿命は変わるでしょう。
藤沼 もうひとつ、先生の記述で私が長く引っかかっていた箇所があります。Needlemanを引いて、注意を向けたその状態を「自我を離れた、非人称の愛」と呼び、ギリシャ人がアガペーと呼んだものだとされる。それは通常の意味での感情ではなく、好意に依存しない、と。
McWhinney 善きサマリア人は、救った男に必要なことをして、それから自分の道を行きました。
藤沼 この、非人称であることの強調が、私には長いあいだ冷たく感じられていました。しかし最近、逆に読めるようになりました。関係の質を医師の情緒の温度で測ろうとすることこそ、実は医師中心的な発想なのではないか。好きになれない患者にも同じことができるかどうかが、この職業の技術的な水準を決めている。
McWhinney そして、一般診療にはもうひとつの次元が加わります。長期の関係のなかで、愛着が育ってしまうという次元です。それには代償がついてきます。医師と患者の関係も、他の人間関係と同じ緊張と弱さを免れません。愛と憎しみ、信頼と不信、裏切りと赦し、修復不能な破綻と、困難にもかかわらずの存続。そのすべてを我々は見ることになる。
藤沼 この一節は、家庭医療の教科書がほとんど書かないことですね。継続的な関係は良いものだ、で終わってしまう。
8 断層線を越える者として
藤沼 最後に、結びの部分について伺います。先生は、断層線を越えることが、慢性疼痛のようにどちらの側にもきれいに収まらない多くの障害にとって、一般診療を理想的な治療の場にするはずだと書かれる。そして、我々には他にやるべき仕事が残っている、と続ける。
McWhinney 我々は皆、程度の差はあれ、改革されていない臨床方法と、線形の因果と心身二元論の言語の囚人です。私が四つの差異を記述したような仕方で考えることは、我々にとって自然かもしれませんが、それでも難しい。断層線は、現代の医学部を支配する、感情を否認する臨床方法のなかを走っています。
藤沼 そして最後の一文。医学が自己反省的になるには巨大な文化的変化を経なければならず、その変化において一般診療はすでにいくらか先を歩いている。違っていることの重要性は、我々が道を示せることにある。
McWhinney あの一文が、達成の宣言として引用されるようになったのは、私の書き方が悪かったのだと思います。あれは、周辺にとどまることを選んだ者が、自分に与えた課題です。先を歩いているというのは優位の主張ではなく、まだ誰も通っていない場所を歩いているという意味でした。
藤沼 私は日本で、この一文をどう受け取るべきかを考え続けてきました。前回申し上げたのは、日本の家庭医療はまだ道を示せる段階ではない、ということでした。しかし原典を読んで、考えが変わりました。
McWhinney どう変わりましたか。
藤沼 先生がこの講演をされた1996年、一般診療は周辺にありました。周辺にいる者が「我々が道を示せる」と言うのは、達成の報告ではなく、周辺性の引き受け方の宣言です。同化して中心に入るのではなく、周辺にとどまったまま、そこからしか見えないものを記述し続ける。日本の私たちが置かれている条件は、1996年のイギリスやカナダと制度的にはまったく違いますが、周辺性という点では同じです。だとすれば、この一文は達成した者の言葉としてではなく、周辺にいる者の作業指示として受け取れる。
McWhinney それでよいと思います。ひとつ付け加えるなら、あなたはさきほど、主流化した概念から認識論が剥がれ落ちたと言いました。剥がれ落ちたものを拾い直す作業は、新しい概念を作る作業より地味で、業績にもなりにくい。しかし、あなたの分野で今いちばん必要なのはそちらかもしれません。
藤沼 患者中心性という語の下に埋まっているものを掘り返す作業ですね。
McWhinney 私自身の言葉についても、遠慮なくやってください。私の書いたことのうち、いま生き残る価値があるのがどれなのかは、私には決められません。それは、この講演を三十年後に読み直して、自分の臨床が変わったかどうかで判断する人にしか決められない。
藤沼 ……変わりました。今日、二箇所。焦点距離を選ぶ主体をどこに置くかという問題と、身体診察を関係の技術として読み直すという筋です。
McWhinney では、この対談は成功でしたね。
(対談を終えて)1996年の講演は、四つの差異の並列ではなく、ひとつの導出の連鎖として書かれている。関係が内容に先行するという定義上の事実から、個別の細部への注意が導かれ、そこから複雑性と非線形因果の受容が導かれ、そこから心身の非分割が導かれる。理論的基盤の差異とは、この導出の起点が他分野と異なるということであって、価値の高さの問題ではない。そして講演の終盤で、この連鎖は医師自身の自己知という要求に行き着く。関係を単位とする分野では、観察装置が医師本人だからである。病院総合診療をこの連鎖のなかに置き直すと、起点は保たれている——引き受けを内容によって決めていない——一方で、時間という道具が使えないぶん、焦点の分散と統合が個人ではなく場の水準で起きる。同じ導出が、場の条件によって別の形を取る。