ソロプラクティス開業を考えている若い医師へのアドバイス

  最近、各専門内科や外科系各科の中堅医師から、「開業することになっているんだけど、なにを勉強すればいいの?」「研修しなくても大丈夫?」という質問をされたり、アドバイスを依頼されることが増えているような気がします。むかしみたいに、コンサルタントだけと話し合いながら開業するのは不安もあるようです。

 今回のエントリーでは、そうした方を想定して、症例を提示し、通常の生物医学的な診断治療以外のアプローチが診療所においては重要であることを理解できるように、かなり「入門的」なことを書いてみようと思います。

 

症例1 17才の女子高校生が3日前より生じた咽頭痛で来院した。扁桃の発赤、白苔付着があった。体温は37.6℃であった。

 初診患者を診る場合、今後その患者のかかりつけ医になるつもりがあるなら、「次に何かあったらまた相談してほしい」と考えたほうがいい。そのためにはこの患者にどうアプローチしたらよいだろうか。むろん十分にこちらの考えを説明し、納得のいく治療をしなければならない。

 そして、主訴は咽頭痛だが実は、いつもはこの程度では受診しないのだが、明後日学校の試験があるから今回は来院したのかもしれない。受診理由と主訴は違う。受診理由に応えるのが次の受診につながる。かかりつけ医は、主訴と受診理由の両方に応えなければならない。

 また、この地域で役に立つ存在になるためには、予防医学的介入は非常に大切である。たとえば処方箋を書きながら、喫煙の有無を聞くことは重要である。「タバコはすってないよね」という声かけはしたい。もう一つは、「ほかに心配なことは?どんなことでもいいですよ」と聞くこと。次になにか相談事があったら来てほしいからこの質問が重要となる。さらに17歳という思春期がどういう時代か。ライフサイクル上この時期がどういう時期かを知っている必要がある。

 

症例2 43歳男性で初診。主訴は頭痛のようだ

 新患である。その日はインフルエンザのシーズンにあたってしまい、時間的に余裕がなく、頭痛の性質と経過を聴取し、簡単な身体診察を行い、筋緊張性頭痛と診断。NSAIDを処方した。「あまり心配ないと思いますが、よくならなければいつでもどうぞ」と説明して診療を終えた。

 その翌日この患者は別の大学病院を受診した。

 なぜこの患者は翌日総合病院を受診したのだろうか?
 実はこの男性は、半年前から職場が変わり、終日コンピュータのディスプレイを見る仕事になり、肩こり、後頭部の「じわっ」とする痛みを自覚するようになったが、仕事の影響だろうと考えてそれほど心配していなかった。ところが2週間前に同僚がくも膜下出血で緊急手術をうけるという事件があった。そのことを夕食時妻に話したところ、「あなたの頭痛ってくも膜下出血じゃないの?お医者さんにみてもらったほうが、いいんじゃない?」といわれ、受診したのだった。

 しかし、めったに医者にかからないので緊張してしまい、質問に「はい」「いいえ」と答えるのに精一杯で、大丈夫といわれて「やっぱり仕事のせいだよな」と納得して帰ってきてしまった。妻にそのことを話すと、「ちゃんと検査してもらわないとだめよ。明日大学病院に一緒にいってあげるからMRIとかいう検査をお願いしましょうよ」ということで、翌日別の総合病院を受診したのだった。
 このケースが示しているのは、症例1で示したように、医学的診断治療に必要な情報である「主訴」となにを求めて受診したのかという「受診理由」が異なっていたということである。つまり、主訴=頭痛(Headache)、 受診理由=「くも膜下出血が心配」ということだった。
 患者は何か心身の異常を感じたり、怪我をしたりすると、「これは医者にいったほうがいい」と決断し、受診する。むろん、あまりに症状が重かければ、「この症状をなんとかしてほしい!」ということになり、主訴イコール受診理由になる。しかしプライマリ・ケア外来では、患者は自分でなんらかの決断をして受診にいたる。しかも、同じ程度の頭痛であっても、医師にかかるものもいれば、手持ちの鎮痛薬で様子をみるものもある。「医者にかかろう」と考えるなんらかのドライブがかかる理由は様々である。重い病気ではないだろうかという不安、こういう時は医者にいったほうがいいという家族内の基準、うつ気分がありものごとを悪い方にとらえてしまう状態、ライフイベントがあった、会社で医者にかかるように指示された、などがあり得るが、それらはすべて心理社会的な内容である。

 つまり、なんらかの相談で外来を訪れる患者は、医学的な主訴という医学生物学的分析が必要な要因への対応とともに、受診理由という心理社会的要因に対する対応が必要なのである。この診療の構造的特徴をかかりつけ医は熟知している必要がある。
 
症例3 1才男児が予約にてDTP1期4回目で来院。転居にて本日初診である。体温37.0℃、元気いっぱいでニコニコしている。

 この子にこれから先何かあったらまた、来院してほしいと思っているのだが、それではどうするか?

 それは、母子というユニットで考えることである。

 まずは、母親に育児上困っていることを聞くことが大切であり、質問に答えるスキルがなければならない。母子手帳を読み解く力、第1子にありがちな相談に応じる力が必要である。次に、母親の健康状態について気を配ること、とくに妊娠中に指摘されていた問題(尿糖陽性や高血圧など)を本人自身が無視している場合もしばしばある。母親の健康相談にものれるようなプレゼンスをもてば、よりかかりつけ医らしくなるだろう。

症例4 54才の鮮魚店主、男性である。2日前より急に腰痛が生じて来院。自治体健診は毎年受けているが、中性脂肪高値のみ指摘されている。

 一般的な症状に関する危険なサイン(red flags)をかかりつけ医は知っていなければならない。たとえば、急性の腰痛で高熱が出ていたら、菌血症・椎間板炎などを考慮する必要があるので「危険」である。しかし、実際には診療所では歩いて受診する腰痛患者が多いことと、歩いてこられるのであればほとんどは病歴と身体診察のみでよく、精密検査はいらないものである。

 そして、受診理由を明らかにする。

 痛み自体をなんとかしたいのか、あるいは、我慢は出来る程度だが、仕事上支障になって困っているのか、それを把握するスキルが欲しい。腰痛で、そうした診察をせずに漫然と専門科に紹介するような習慣になると、その問題で相談しに来院することが殆どなくなる可能性が高い。かかりつけ医はなんでも診れるようになる必要はないが、なんでも相談にのって問題解決への道筋をつけることはできなければならない。
 なお、中性脂肪軽度上昇なら、「健診でなにかいわれていませんか?」ときくと「特に何も言われていない」と答える患者は多い。健診異常は、しばしば患者自身の健康信念によって解釈されているので要注意である。「中性脂肪や尿酸はどうですか?」と的をしぼってきくとよい。

症例5 62才の男性会社員が、10年来の高血圧症で定期受診。血圧132/72であった。

 高血圧症のガイドラインは見たことがないという開業医は案外多い。医学教育においても、病棟研修中に高血圧症の治療がディスカッションになることはほとんどないし、外来研修でも、安定した問題ということで検討対象にならないこともある。

 しかし、診療所においては、血圧で薬を飲んでいるということはどのような意味があるのか。何のために、そして治療のゴールは何なのか。その根拠をかかりつけ医は知らなくてはならない。総合病院に安定した高血圧で通院するようになったきっかけが、それまで通院していた開業医では、高血圧についての説明をもとめても、あまりくわしい説明がなかったことである、という話はしばしば経験するところである。
 また、62歳ならば、定年の問題に注目すべきである。定年は非常に大きなライフイベントであり、そこから生活習慣の変化など、別の問題が生じていることもあり得る。「そろそろ定年ですね」という声かけは、隠れた、しかし重要な問題に気づくきっかけになるだろう。

症例6 54才女性で専業主婦。6ヶ月前に2型糖尿病指摘されて、食事指導、運動指導受けている。経口剤内服にて、HbA1c 10.8⇒9.4とコントロールは不良。娘17才、息子16才、夫59才、義母82才と同居。現時点では合併症はない。

 かかりつけ医はその患者の家族のことを把握すべきであるが、すべての患者に一律に家族の状態を聞くというわけではない。

 家族図を作成するべきトリガーがある。

 なんとなく治療がうまくいかない、どうも共通の理解基盤に立てない、服薬指導をしても飲まない、などがトリガーになる。

 この患者も実は薬を服用していなかった。そのような場合、カメラにたとえると、広角レンズを使ってアプローチするのが、かかりつけ医としての開業医の方法論である。一歩引いて患者の全景を診る。家族ライフサイクル論からすると、思春期の子供のいる家族は夫婦間満足度が最低ということである。思春期のこどもは激変期で、家族内ストレスも大きい。また54歳という年齢は親の介護に当面する年齢でもある。このような状況からこの患者が「自分の病気どころではない」と思っている可能性がある。そういう想像力をはたらかせることだ。

 実際この患者が糖尿病であるということを知っていた家族メンバーはいなかった。

 ではどうするか。まず、夫を呼べばよい。「こんど一度ご家族と一緒に来ていただけませんか?」という声かけはしばしば有効である。一般に思われているほど家族ケアは難しくはない。話すことで患者の振り返りが深まり変化が生じるものである。医師が「導く」べきなどと考えるべきではない。

 

症例7 18才 男子高校生が大学受験のための診断書作成希望で来院

 私は、現在の診療所に赴任してから約25年で、この高校生は乳児健診から診ているが、定期通院が必要な慢性の病気はない。しかしなにかあると来院している。慢性疾患はないが彼にとって私はかかりつけ医である。

 かかりつけ医とはある病気を継続的にフォローアップする医師という意味ではない。 その地域で暮らしていくうえで、医師が必要な場面があるとき、まず思い浮かぶ医師が、本来のかかりつけ医である。インフラみたいなものである。

 街が機能するためにさまざまな商店や学校などが必須のコンポーネントとしてあるが、とりあえずなんでも相談にのれるかかりつけ医もそうした共同体が存立するための要件のひとつである。こうした事例にやりがいを感じたときに、その開業医はかかりつけ医としてのマインドセットを獲得したといえるだろう。


症例8  89才の女性が来院。主症状は「夜間尿失禁」である。同居の息子夫婦に連れられて来院した。

 かかりつけ医としての開業医に今後求められる役割は、高齢者、特に虚弱高齢者のケアである。この領域についてのスキルを磨かないと、経営的にも厳しくなるだろう。通常の医学生物学的診断治療のみで解決可能な健康問題の割合は、虚弱高齢者の場合は約半分である。日本の老年医学に関する教育は貧弱なので、老年医学を、その基本的な視点も含めて学ぶことは、開業医の生涯教育上きわめて重要である。
 高齢者は漠然とした症状が多いので、まず、この人はどのような生活をしているかを調べる。ADL、IADL、認知機能、社会的サポート状況は最低限聴取したい。
 結局、この患者はもともと糖尿病、心不全で他院に通院していた。利尿剤が最近増量され、夜間尿が増えた。もともと膝関節症で動きがおそく、白内障の悪化でくらい廊下をトイレまで歩くのが困難だった。これらの要因が重なって、夜の排尿が間に合わなくなったことがわかった。これらに病態生理学的な因果関係はなかった。問題が累積した結果である。虚弱高齢者ケアにおいては、主訴に関係なく、全体を評価することが必要である。高齢者ケアは視野が広くないとできない。

ちょっと、まとめてみます。


患者さんへのアプローチ法:受診理由を探るための声かけのポイント

1.生活機能への影響は?
患者の健康問題は、患者自身の日々の生活、ADLなどの日常生活動作、あるいは仕事、学校生活などにどのような影響を及ぼしているか。
2.解釈モデルは?
患者は自分の健康問題は何に由来していると考えているか、その原因、今後の見通しをどう考えているか。
3.現在の感情は?
患者は自分の健康問題についてどういう感情をもっているか、あるいは感じているか。特にどのような不安をいだいているか
4.医療への期待は?
患者は医師あるいは医療者、施設に何を期待しているのか、何を求めて来院したのか。

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