日本のプライマリ・ケア現場におけるPopulation Health Managementを構想する

 Population health management(PHM)とは、ある保険集団内の健康アウトカムの構成、その構成に影響を与える健康決定要因、さらにその決定要因にインパクトをもたらす政策と介入のことである(Nash)とされる。

 日立総研の中村桃子氏による解説を要約すると、
1.集団をターゲットにデータの収集・分析を行うことにより、現在は健康でも慢性疾患に対してリスクがある対象者や既に罹患しているものの自覚していない対象者にも医療介入を行うことが可能となる
2.現在は健康であっても慢性疾患に対するリスクを抱えているのであれば、予防のための健康増進などを行うため、従来の医療と比較してより広範な対象者のリスクを排除することができる
3.対象となる疾患は、リスクの想定が可能な慢性疾患となる
4.PHMを通じて蓄積された情報を基に、どのような対象者にどのようなケアを提供することが効果的であったかを分析し、提供するケアプランを改良していくことが可能

 ということになっているが、基本的には医療費の増大を抑制することをメインに、同時に患者集団の健康状態の維持を並立させるこころみといえるだろう。

 さて、ここでは以前にブログエントリーで言及したことがあるプライマリ・ケア現場におけるパネルマネージメントとの関連に注目したい。

 パネルマネージメントとは、プライマリ・ケア現場(診療所でも病院外来でもよい)のパネル=利用しているかかりつけの患者集団に対して、系統的に上記にのべたようなPopulation Health Managementを実施することである。
 その目的は
1.本来受けるべきケアをうけていない(Care Gaps)患者を同定しアプローチすること
2.これまではあまり関心を向けられなかったかかりつけ患者(安定した単一の慢性疾患患者や健診のみで受診するような患者)にアプローチし、継続ケアを提供すること
 とされ、どちらかというと責任をもつ人口集団の健康状態をいかに向上させるかという点に重きが置かれている。

 オレゴン健康科学大学のDr. Yamashitaのプレゼンテーションにインスパイアされて、プライマリ・ケアを提供している診療所や病院外来におけるパネルマネージメントについて以下の図を自作してみた。

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 診療所や病院の一般外来などに通院している、あるいは何かあった場合に利用している患者群を仮に健康リスクによってレイヤー化してみた。体感的には納得できるのではないだろうか。

 おそらく、現場のプライマリ・ケア医療者は高リスク群で消耗しており、中等度~低リスク郡にはあまり関心がないか、流しているというのが現状だろう。この部分のケアの質を向上させるためには専門職連携あるいは、看護師等の医者以外の専門職に権限を移譲してマネージメントすることが非常に有効だと思われる。

 ただし、医療費に関して言うと、下の図のよう高リスク群に関して医療費が多く投下されているのは世界共通であるが、ここは専門職連携によるケアマネージメントが必要なところである。この高リスク群の中には、ERや入院のHigh utilizerが多いとされるのも先進国で共通の問題といえる。

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 ここで、米国ソロプラクティスの家庭医Jeffrey Brennerの取り組みに注目したい。彼のいうところのCollaborative Super-utilizer modelを紹介する。
 米国の最貧地区での取り組みであるが、要は頻回ER受診、頻回CT、頻回MRI、頻回入院などの患者をピックアップし、地図上にプロットしていくと、実はホットスポットと彼のいうところの患者の集積区域があるとのこと。そして、実際にそこにいってみると、いろんなことがわかるのだが、たとえばトコジラミの駆除をするお金がないことが頻回ER受診理由だったりする。かれは特に健康の社会的決定因子(SDH)を重視している。そうした患者に多職種連携による継続ケアと、地域ぐるみの話し合いなどを提供することによって、社会的決定因子による影響を極力減らし、経験される健康状態が一定改善し、実際にその地域の医療費が激減した。おそらく東京などの日本の大都市におけるHealth disparityの問題を考える上で非常に示唆的だと思われる。

 いずれにしても、診療所や病院外来の患者群を、疫学でいうところの「Population at risk」と捉えることの重要性が再び高まっていると思う。しかし、このことは、家庭医療の原則として、A Textbook of Family Medicineの中でIan McWhinneyがすでに強調していたことなのである。

 

参考文献・サイト

Population Health Management (PHM):株式会社日立総合計画研究所

www.newyorker.com

cepc.ucsf.edu

https://instagram.com/p/169RhWS-dX/

満開 #spring

日本の総合診療医の6つのコアコンピテンシー

 ついにというか、やっとのことで4月20日に 日本専門医機構「総合診療専門医に関する委員会」からの報告として、総合診療専門医の6つのコアコンピテンシーが発表されました。今後はこのブログでも様々な側面から取り上げていこうと思いますが、結果的には家庭医療やGeneral Practiceの世界的潮流にほぼ一致するコンピテンシーセッティングとなっていると考えます。これからの議論が常にたちもどる地点として重要ですし、そうした地点がこの数十年なかったことを考えると感慨深いものがあります。

 ただし、日本の総合診療医としてもとめられているのは、おそらく英国をはじめとするヨーロッパ諸国のプライマリ・ケア専門医=家庭医(学的基盤はFamily Medicine)と、内科的診療を中心として、病院の一般病棟や救急診療を担う北米型ホスピタリスト=病院総合医(学的基盤はHospital Medicine)のハイブリッドと個人的には考えております。圧倒的な供給不足が故に「今」すぐ必要な総合診療医のタイプとしては、むしろ病院総合医でしょう。ただし、今後の高齢社会の急速進行や特に都市部のプライマリ・ケア機能の脆弱化が予測される中では、プライマリ・ケア専門医、すなわち家庭医が必要になってくることはまちがいありません。また、家庭医と病院総合医の連携が、これからの20年くらいの日本のヘルスケア・システムにとってキーの一つであるだろうこともおさえておく必要があります。

 したがって、今回の総合診療医のコアコンピテンシーはかなり家庭医寄りになっていますが、ここにない病院総合医に独自のコンピテンシーをむしろ提示、付加していくことが今後の作業課題であると考えればいいと思います。

 このコンピテンシーに対応するだろう英語のキーワードを、個人的な視点からですが、列挙してみます。文献など調べる上で参考になろうかと思います。

 

総合診療専門医の6つのコアコンピテンシー

1.人間中心の医療・ケア Person-centered care
1)患者中心の医療 Patient centered care
2)家族志向型医療・ケア Family oriented care
3)患者・家族との協働を促すコミュニケーション Interpersonal communication skills
2.包括的統合アプローチ Comprehensive care, Integrated care
1)未分化で多様かつ複雑な健康問題への対応 First contact care, care for multimorbidity, complex intervention, complexity
2)効率よく的確な臨床推論 clinical reasoning, value based practice
3)健康増進と疾病予防  health promotion, preventive care
4)継続的な医療・ケア continuity of care
3.連携重視のマネジメント Interprofessional work
1)多職種協働のチーム医療 team-based care, interprofessionality

2)医療機関連携および医療・介護連携 transprofessional care
3)組織運営マネジメント management, leadership
4.地域志向アプローチ Community orientation
1)保健・医療・介護・福祉事業への参画 Community participation, public health, long term care

2)地域ニーズの把握とアプローチ Community diagnosis and treatment
5.公益に資する職業規範 Professionalism
1)倫理観と説明責任 moral judgement, accountability
2)自己研鑽とワークライフバランス continuing professional development, self-management
3)研究と教育 Research and Education&Teaching

6.診療の場の多様性 System based practice
1)外来医療 Ambulatory care
2)救急医療 Emergency care
3)病棟医療 Inpatient care
4)在宅医療 Home visiting care

 

https://instagram.com/p/1hAhWTS-am/

ハナミズキ

米国家庭医療レジデンシーのイノベーション:P4から学ぶ

 2007年頃よりPatient centered medical home:PCMHを自らのもっとも中心的なプロジェクトと位置づけた米国家庭医療学会は、家庭医療専門研修プログラム(レジデンシー)がPCMHに必要なかかりつけ医(Personal physician)を養成することをアウトカムとして、さまざまな教育的イノベーションを採用した14のレジデンシーを追跡調査し、その成果を評価するプロジェクトを2007年から開始した。これは、Preparing the personal physician for practice:P4(頭文字でPが4つ並ぶので)と呼ばれる。


 従来の米国の家庭医療レジデンシーは、3年間で各科ローテーションをサイクリックに行うということが基本構造であった。特に各科の経験の積み上げによりジェネラリストを構築することがジェネラリストの教育法として想定されていたが、それが時代に合わなくなってきたという反省の流れもあったようだ。
 従来の米国家庭医療レジデンシーの構造は以下の要素が必須である。

  • 基本的にレジデンシーの期間は3年間
  • 3年間を通じて実施する家庭医療センター(大規模診療所)における継続外来
  • ブロックローテーションでの専門科研修(数週~2ヶ月)
  • 一般内科、家庭医療科病棟、小児科、救急科、外科、整形外科・スポーツ医学、産婦人科は必須ローテ-ションとされる
  • その他施設の特徴を活かしたローテーションが可能

 次にP4として採用された14のプログラムのイノベーションのうちいくつかを紹介してみよう。

「レジデンシー名」

イノベーションのポイント」

の組み合わせで列挙してみる

 

Lehigh Valley 

www.lvhn.org

 従来のような大型の(診察室が数十あるような)家庭医療センターではなく、コミュニティで活発に医療活動を行っている小規模の診療所で、レジデントに継続診療の経験を保証する


Tufts University 

Residency | Tufts University School of Medicine

 医学情報の取り扱いや情報を効果的に組織化するトレーニング(EBMトレーニング等)を縦断的かつアウトカム基盤型カリキュラム

Middlesex Hospital  

Family Medicine Residency Program: About the Program

 レジデンシー期間を4年として、予防医療と慢性疾患マネージメントに重点を置いたカリキュラム


Baylor University 

Family Medicine Residency

 レジデンシー期間を4年として、MPH(公衆衛生学修士)の同時取得を可能とし、国際保健あるいは入院医療と参加ケアを重視したカリキュラム


West Virginia University Rural 

Rural Family Medicine Residency Program | WVU Health Sciences Center

 レジデント1年目を医学部4年でスタートさせる、へき地家庭医養成プログラム。慢性疾患マネージメントの縦断的カリキュラムを導入

 

Christiana Care  

residency.christianacare.org

 外来診療においてレジデントが指導医(メンター)とチーム組んで、重点領域を研修するカリキュラム


University of Rochester 

Family Medicine Residency - Prospective Residents - Graduate Medical Education - Education - University of Rochester Medical Center

 「理想的マイクロプラクティス(極小規模診療所)」を家庭医療センター内に設置する。指導医とレジデントがそこにおいて、重要な領域に関するあたらしい診療モデルを実践する

 

Cedar Rapids 

CRMEF - Cedar Rapids Family Medicine Residency Program - Cedar Rapids, Iowa (IA)

 レジデント2年目、3年目はローテーション方式をやめて、より継続ケアの経験を増やす

 

Loma Linda University 

llufamily.com

 レジデンシー期間を4年とし、MPHコースと統合しつつ、医療に恵まれない人たちへのケアの経験を重視する


Hendersonville  

mahec.net

 大型家庭医療センターからへき地の家庭医療診療所のネットワークに主たるトレーニングの場を移行

 

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 さて、P4に関連した文献やウエブサイトをいくつか読んでみて、P4における各種教育イノベーションはおそらく以下のように整理できると思われた。

  • 細切れでない縦断的なカリキュラム構築
  • プログラムの期間を従来の3年から4年に延長
  • 臨床能力の評価において学習ポートフォリオを活用
  • チーム基盤型のケアとその中でのトレーニング(専門職連携実践)
  • PCMHの原理に基づく診療所の再構築
  • 慢性疾患マネージメントの重視
  • 地域の小規模診療所をトレーニングの場として採用
  • 地域ケア、あるいは特定の人口集団へのケアを重視
  • 小グループ学習の導入
  • 入院医療のローテーションを減らし、診療所でのトレーニングの時間を増やす

 実は、これらは米国家庭医療レジデンシーの教育上の問題点として指摘されていた以下の項目に対する改善策ともいえるものである。すなわち、

  • カンファレンスでの教育は受身型のことが多く、成人教育の原則が適用されていないことが多い
  • 診療所運営や経営へのかかわりが少ない
  • プライマリ・ケアの専門トレーニングであるにもかかわらず、治療医学(キュア)が過度に重視されている。
  • Solo Practice或いはLone Physician(孤高の医師像)を想定したトレーニングが中心で、チームや専門職連携(Interprofessional work)の中の医師という役割を自覺することが少ない

 P4の視点は、日本において総合診療専門医プログラムを地域の実情にあわせて構築する際に示唆に富むと思われる。

 では、日本における総合診療あるいは家庭医療プログラムのキーとなるものはなにか?ということに関して個人的には、

  •  MultimorbidityのケアとComplex intervention
  •  Chronic care management
  •  Evidence based medicine
  •  Interprofessional collaboration

あたりだろうと考えている。

 日本の総合診療専門研修で、特に家庭医療にフォーカスした専門研修カリキュラムをどう組むかに関する思考実験が必要ですね。

 

参考文献 David, AK. Preparing the personal physician for practice (P4): Residency training in family medicine for the future. JABFM 2007; 20:332-341

 

https://instagram.com/p/0yz3CBy-Tw/

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エキスパート・ジェネラリストとはオルタナで協働的である

 Complex interventionはジェネラリストらしい、あるいはジェネラリストが非常に価値のあるものとしてうけいれることができるような「介入」を考えていく上で非常に示唆的なコンセプトである。

 このエントリーでは、プライマリ・ケアの場面(General Praticeのセッティング)で慢性心不全QOLの向上に対して、Complex interventionが効果があるかどうかをランダム化比較試験:RCTで検証するという研究プロトコールを題材に考えてみる。文献は以下のものを使用する。

 

Peters-Klimm, F., Müller-Tasch, T., Schellberg, D., Gensichen, J., Muth, C., Herzog, W., & Szecsenyi, J.: Rationale, design and conduct of a randomised controlled trial evaluating a primary care-based complex intervention to improve the quality of life of heart failure patients: HICMan (Heidelberg Integrated Case Management). BMC cardiovascular disorders, 7(1), 25, 2007


http://www.biomedcentral.com/1471-2261/7/25/

 

 この論文のリサーチクエスチョンをPICOで書くとこんな感じである。

P:プライマリ・ケアでフォローアップされているCHFの患者
I:Complex Interventionを実施
C:従来のケアを実施
O:QOLの向上

 この研究におけるInterventionの内容の概略は以下のようなもので、確かに複雑、Complexである。

1.診療所看護師に役割や患者との関係について説明
2.患者は疾患についての説明をうける。症状、セルフモニタリングの仕方を理解。その際に疾患に関するブックレットを配布
3.患者のリスクに応じて状態モニタリングを看護師が行う
*NYHA1&2では6週毎に電話フォロー&年に3回の自宅訪問
*NYHA3&4では3週毎に電話フォロー&年に3回の自宅訪問

 電話では身体症状、内服の問題についてインタビュー
 自宅訪問では構造化されたやりかたで患者の状態を評価、ライフスタイルを構造的に評価、また、うつ、不安、簡易CGAと詳細な服薬状況のチェックを行う
4.看護師の訪問後に医師を受診させ、医師は患者の生活習慣、喫煙、運動、セルフマネージメントなどについてカウンセリングを行う
5.リマインダーシステムをつくる
6.医師に対して、担当している慢性心不全の患者集団の投薬内容もふくめたデータを送付して、フィードバックを行う

 

 このプロトコールはプライマリ・ケアにおける慢性心不全のケアに関して、これまで様々な研究で実証されているEvidenceを組み合わせて、プロトコールを作成し、RCTによりその効果(QOL)を見ようとしている(図参照)。

 

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 この研究自体は第2世代橋渡し研究だといえる。しかし、様々なレベルの様々な要因がからみあうのが臨床現場。たとえば心不全の予後に関して強力なEvidenceのあるβブロッカーを、プライマリ・ケアの現場で投与してその効果をみるということだけでは、生存率だけではない多様なアウトカムを設定しなければならない臨床現場における第2世代橋渡し研究としては適切でないのではないか。

 より臨床現場に近い介入として、様々なEvidenceを組み込み、実証はされているわけではないが有力と思われる理論なども検討して、プロトコールを組み上げ、専門職が連携して実践する、すなわちInterprofessional workという形に構築することがComplex interventionであるといえるかもしれない。これが本当に有効なのかということを上図のようにRCTで評価しようというのがこの研究なのだろうと思われる。

 しかしこうしてみてみると、Complex interventionは、現場のチームの診療実践そのものであり、もしこの実践の有効性がRCTで証明できるのならば、それはEvidence based practice:EBPあるいはGood Practiceといえるのはないか。そして、このEBPを他の現場にひろげていくことが次の段階になる。そこにこれまでのエントリーにも記述してきたImplementation science:実装科学が重要になってくるのだろう。

 ただし、次のエントリーで紹介を予定している助産師の地域実践におけるComplex Interventionの研究とその省察の論文を読むと、より事態は複雑である。端的にいえばComplex interventionそのものが介入した対象から影響をうけるということに関する検討が必要ということである。おそらく、この慢性心不全の研究はまだ一般の効能研究の枠内にある。真にComplex interventionの検討をするためには直線的な因果論ではない、別の因果論が必要かもしれない。それは複雑適応系に関連したものかもしれないし、構造因果性(アルチュセール)なのかもしれない。

 ひとついえることは、こうしたComplex interventionを実施する医者は、もはや孤高の医師(Lone physician)ではありえず、SabaのいうCollaborative alternativeな医者だろうと思う。オルタナで協働的であること、それがエキスパート・ジェネラリストのあり方なのである。

 

参考文献 Saba, G. W., Villela, T. J., Chen, E., Hammer, H., & Bodenheimer, T.: The myth of the lone physician: toward a collaborative alternative. The Annals of Family Medicine 10(2), 169-173, 2012

 

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Multimorbidityの時代と診療ガイドライン

 これからの日本のプライマリ・ケアにおいては、まちがいなくMultimorbidityがキーワードなると思います。で、2005年にBoydらがJAMAに発表した論文が非常に興味深いです。これは、Multimorbidityの時代において、高齢者に頻度の高い慢性疾患の診療ガイドラインはどのように役にたつのかを検証してみたよ~的な総説です。

 代表的な慢性疾患のガイドライン上、併存疾患に関する記述について検討しています。簡単にまとめると、こんな感じです。

 

       複数以上の併存疾患がある場合の推奨の記述
糖尿病         ◯
高血圧         ✕
変形性関節症      ✕
骨粗しょう症      ✕
COPD         ✕
心房細動        ✕
慢性心不全       △
狭心症         ◯
脂質異常症       △

 

 ということでガイドラインはMultimorbidityに関する推奨をDMと狭心症以外はほとんどカバーしていないことがわかります。

 あと彼らは一人のモデル患者を設定して、ガイドライン通りに医療を実施するとしたら、どのような状況になるかをシミュレートしています。


 モデル患者は79歳の女性。高血圧症、糖尿病、変形性関節症、骨粗しょう症COPDで通院中である。

 ガイドラインに従うと、この患者の投薬スケジュールは以下のとおりになる。大変忙しいですね。

午前7時 Ipratropium吸入、Alendronate内服
午前8時 カルシウム、VitD、サイアザイド、ACEI、Glyburide、アスピリン、メトフォルミン、Naproxen、PPIの内服
午後1時 Ipratropium吸入、カルシウム、VitD内服
午後7時 Ipratropium吸入、メトフォルミン、カルシウム、VitD、ロバスタチン、Naproxen内服
午後11時 Ipratropium吸入
必要時 Albuterol吸入

 で、この患者において、ガイドライン上推奨される患者としてのタスクと医療者のタスクを列挙すると、以下の様になります。

患者のタスク

  • 関節保護、カロリー制限、
  • 運動~足病変があれが加重しない運動、骨粗しょう症があるので加重運動も
  • 毎日有酸素運動30分
  • 筋力強化
  • 関節可動域の維持
  • COPDを悪化させる環境因子への暴露を防ぐ
  • 適切な靴をはく
  • アルコールは控えめに
  • 正常の体重を維持する

医療者のタスク

  • ワクチン(肺炎球菌とインフルエンザ)
  • 受信時毎回血圧測定と可能なら自宅血圧測定指示
  • 血糖の自己測定の指導
  • ニューロパシーがある場合は受診ごとに足のチェック。ニューロパシーなければ、年に一度総合的な足のチェック
  • 検査(年に1回尿アルブミン、年に1~2回のCreと電解質測定、年に1回コレステロール測定、2年に一度肝機能検査、コントロール状態に応じて定期的なHbA1c測定)
  • 紹介~理学療法、眼科検査、呼吸器リハビリテーション、隔年でDEXA
  • 患者教育~足の観察とフットケアとOAに適した靴の選択、COPDに対する吸入療法の指導、DMの総合的指導

 患者も忙しい、医者も忙しい。タスクというか、アジェンダが一杯。これにもしPsychosocialな問題、例えば認知症とか、うつ病とか、あるいは介護問題とかからんでくると、めまいがしそうになるが、しかし、それはまったくもって毎日現前しているのですよね。

 

 しかし、こういう状態の方に対する診療報酬がもしガイドラインの推奨の実施に連動していたらどういうことになるでしょうか。場合によっては一番高いコストが取れるガイドラインに焦点をあてたケア計画になるかもしれません。Multimorbidityの時代のプライマリ・ケアにDRGなどがフィットしない大きな理由はそこにあります。
 さて、こうした患者のではケアの目標をどこにおくのか、おそらく根本的にはPatient experienceの重視、つまりは患者中心のアウトカム設定を共同で行うことが必要になるんだと思います。


文献 
Boyd, C. M., Darer, J., Boult, C., et al:.Clinical practice guidelines and quality of care for older patients with multiple comorbid diseases: implications for pay for performance. JAMA 294(6): 716-724, 2005

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エキスパート・ジェネラリストとは何ができる人のことなのか?(承前)

 一体ジェネラリスト医師の特徴とか特異性はどこにあるのか?ということにはそれなりに関心がある。たとえば、継続ケアとか診療の幅広さとか心理社会的な問題への対応とかを上げると、他科医師から「あ、それはオレだってやってるよ」っていわれてしまうような体験はジェネラリストならだれにもあると思う。

 今回のエントリーはまったくの素描で、あまり論旨が明確ではありませんが、いろいろ書き綴ってみます。

 例えばMultimorbidity(併存疾患を多く持った状態のこと、日本語は対応するものがまだない)に対してはRCTやそれに基づくガイドラインによる医療の限界が指摘されており,より臨床の現実に近い研究手法としてComplex Intervention:CIIが検討されている.CIは介入を効能研究のように単純に設定せず,介入が種々の“複雑さ”を伴うという前提で扱うモデルである.
CIの構成要素は宋ら のまとめに従うと,以下のとおりである.

  • 介入において相互作用を持つ要素が多い
  • 介入の提供・受診側の両者の行動上に多くの結果規定要因が認められる
  • 介入ターゲットとなるグループ数が多い
  • 対象組織レベルが多様である
  • 測定アウトカム数が多い
  • アウトカム自体の不確定要素が多い
  • 許されうる介入の柔軟性や裁量的運用の程度に関する規定の必要性がある

 地域医療の現場で複雑性に取り組むという活動は,このCIをアクション・リサーチとして実施しているという位置づけも可能かもしれない.で、このアクション・リサーチにおいては、CIという介入をいかに現場に実装するか、ということが問題になってくるだろう.そして,CIも含めて様々な新しいイノベーションをいかに日常の業務に定着・継続させるかという研究分野として実装科学(Implementation science)に注目したい. 特にヘルスケア領域においては,Mayら によるNormalization Process Theory:NPTが有力な実装理論として確立しつつあり,NPTの枠組みに基づくCIのプライマリ・ケアへの実装研究 も蓄積されつつある.Complex Interventionと実装科学が,複雑事例やMultimorbidityのようなこれまでの効能研究では対応できない領域の研究手法として今後期待されるだろう.

 Normalizationというのは、フツーに実施できるようにするって意味で。ようは、イノベーション、新しい取り組み、あるいは質改善の取り組みを、フツーにできるようになるための個人と組織のプロセスを説明使用っていう理論。中間理論というNPTはImplementation scineceの領域の話です。


Finchらにより提示されたNPTの構成要素は、以下の4つの領域。
1.Coherence 組織やその構成員が新しい実践提案を意味あるものとして理解できるプロセスに関する領域
2.Cognitive Participation 組織やその構成員が新しい実践提案に関わろうとするプロセスに関する領域
3.Collective Action 組織やその構成員が新しい実践を実行するプロセスに関する領域
4.Reflective Monitoring 新しい実践を実施後、振り返りによる評価吟味を行うプロセスに関する領域

 この4つの領域と対象となる領域の構成要素、たとえば患者、医者、看護師、組織とか、でマトリックスを作って質的データなどをそれに当てはめて分析していくってイメージです。
 Expert Generalistの特徴をComplexな状況にたいしての介入研究としてのComplex interventionの実践と考えた時に、その実践は組織や他のメンバーとの関連でおこなわれるわけなので、NPTを意識して組織やスタッフに実装するっていうことも実はGeneralistの特徴といえるのかもしれない。

 Complex interventionのNPT理論に基づく実装実践がExpert generalistならでは専門性といえるかもしれない。

 おそらくジェネラリスト医師が他の医師にない特徴があるとすれば、それはおそらく、ACCCAとか、あるいは継続性や包括性、あるいは患者中心性でもなく、Complex interventionにあるのではないかという直感をもうすこし整理したことばで表現しなければならない。  

参考文献

Reeve J., Blakeman T., Freeman G. K., et al.: Generalist solutions to complex problems: generating practice-based evidence-the example of managing multi-morbidity. BMC family Practice 14.1: 112, 2013

宗未来, 山口創生.: 我が国の精神医療におけるコンプレックス・インターベンションの可能性―複雑な臨床要素を疫学研究に生かす,Shrinking Shrinker “役割を失う精神科医”時代の新たな方法論―.精神神経学雑誌別冊: SS691-SS700, 2013

May, C. R., Mair, F. S., Dowrick, C. F., et al.: Process evaluation for complex interventions in primary care: understanding trials using the normalization process model. BMC Family Practice 8(1): 42, 2007

 

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EBP実装には究極の医療組織マネージメント能力が必要

 今回のエントリーではこの文献を取り上げます。


TITLER, Marita G., et al. Translating research into practice intervention improves management of acute pain in older hip fracture patients. Health services research, 2009, 44.1: 264-287.

リンクは→http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2669630/

 

 このアイオワ大学におけるEBPIに関する前向き研究には相当インスパイアされましたが、特に、EBPイノベーションとしてとらえ、イノベーションのSpreadモデルに影響をうけた、トランスレーション研究の枠組みを使っているところが新しいと思いました。

 この研究では大腿骨頚部骨折で入院した高齢者の疼痛コントロールの質が、疼痛管理に関するEBPを病棟に実装することで、改善することを、(そういう言葉ではかいてありませんが)Cluster randamizaionの手法を使った実験的研究により証明しています。およそ3年にわたる非常に大規模で入念な研究で、EBPの実践報告としては極北的な印象を持ちます。ちなみに個人的にヒジョーに興味のある、Cluster Randomizationについても考察したいところですが、この研究における介入手法の枠組みがなかなか興味深いので、今回はここに的をしぼって整理しておきたいと思います。

 おそらく日本での適用も可能な介入プログラムだと思います。ある病院でなにかあたらしいEvidence basedな実践あるいはプロジェクトをすすめていくさいに参考になるのではないかと思います。

 

 著者らのイノベーションの定義に関して

 Research evidenceに基づく診療、すなわちEvicence based practice:EBPとはそれを採用してもらいたい組織にとってはイノベーションである、といっています。イノベーションとは、個人あるいは集団にとって新しい、あるいはまだ使っていないアイデア、実践、あるいは対象物のことをいいます。このイノベーションの採用を促進するためにTranslation research modelを採用しているのがアイオワ大学ですTranslating research into practiceを略してTRIPと呼びます。

 TRIPの3つのコンポーネント
1.TRIP第1コンポーネントイノベーションEBPの内容自体に関する検討です

EBPの実践には相対的優位点があることを確認。
EBPが現状の価値観や基準、現場職員ののニーズ、業務内容と矛盾しないことを確認。
EBPの複雑性の程度を評価する。

*上記の評価を元に、EBPクイック・リファレンス・ガイドを作成。

*これらプロセスはコアチームが中心になって、多職種で作成します。他職種がリサーチエビデンスの批判的吟味などができるようなプログラムも導入します。

 

2.TRIP第2コンポーネントはコミュニケーションの領域への介入です
オピニオンリーダーたちを見つけて賛同してもらう
 影響力があるj人と衆目一致しており、尊敬され信頼されている人々でイノベーションとローカルな状況をフィットさせるための判断が下せる人たちのこと。現場をこえて外部へに影響力をおよぼす幅広い繋がりをもっている。

チェンジ・チャンピオンたち(Change Champions)を見つけ育てる
 チェンジ・チャンピオンとは個々の現場における優れた臨床家であり、ケアの質を改善することに責任を負っており、他のチームメンバーと仕事におけるポジティブな役割を維持している人たちのこと。

*教育の提供活動(Educational outreach)の実施
 現場を訪問するなりして、て面的な教育的なかかわりを深めていくこと。

 

3.TRIP第3コンポーネントは社会システム(Social system/context)です
*リーダーからのサポートは、口頭、書面を通じて表明され、必要な資源、材料、時間確保を行うことである。
*上級管理者に対する継続学習プログラムによるEBPを推進する際の役割をディスカッションする。
*関連する診療基準やパスの文書を実情にあわせて見直しモディファイする
*内部向けニュースレターの発行を行う

 この論文におけるトランスレーション研究のモデルを元にしたEBP実装の具体的構造で、なるほどと思ったのは、オピニオン・リーダーとチェンジ・チャンピオンの重要性です。おそらく日本におけるEBM普及については、個々の医者の啓発の問題に還元されてしまいがちです。EBMあるいはEBPを組織内文化とするためには、医者個人の学習を推進するだけでは、厳しいと思います。

 この論文ではこうした介入を行った病院群における頚部骨折の痛みのマネージメントが改善し、実際患者の痛みの程度も低下したことがあきらかになっています。患者アウトカムに影響をあたえたということがなかなかスバラシイと思いました。きっと論文にかかれている以上の様々なダイナミックな動きがあったんだろうと想像もしたのでした。

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