2007年頃よりPatient centered medical home:PCMHを自らのもっとも中心的なプロジェクトと位置づけた米国家庭医療学会は、家庭医療専門研修プログラム(レジデンシー)がPCMHに必要なかかりつけ医(Personal physician)を養成することをアウトカムとして、さまざまな教育的イノベーションを採用した14のレジデンシーを追跡調査し、その成果を評価するプロジェクトを2007年から開始した。これは、Preparing the personal physician for practice:P4(頭文字でPが4つ並ぶので)と呼ばれる。
従来の米国の家庭医療レジデンシーは、3年間で各科ローテーションをサイクリックに行うということが基本構造であった。特に各科の経験の積み上げによりジェネラリストを構築することがジェネラリストの教育法として想定されていたが、それが時代に合わなくなってきたという反省の流れもあったようだ。
従来の米国家庭医療レジデンシーの構造は以下の要素が必須である。
- 基本的にレジデンシーの期間は3年間
- 3年間を通じて実施する家庭医療センター(大規模診療所)における継続外来
- ブロックローテーションでの専門科研修(数週~2ヶ月)
- 一般内科、家庭医療科病棟、小児科、救急科、外科、整形外科・スポーツ医学、産婦人科は必須ローテ-ションとされる
- その他施設の特徴を活かしたローテーションが可能
次にP4として採用された14のプログラムのイノベーションのうちいくつかを紹介してみよう。
「レジデンシー名」
「イノベーションのポイント」
の組み合わせで列挙してみる
Lehigh Valley
従来のような大型の(診察室が数十あるような)家庭医療センターではなく、コミュニティで活発に医療活動を行っている小規模の診療所で、レジデントに継続診療の経験を保証する
Tufts University
Residency | Tufts University School of Medicine
医学情報の取り扱いや情報を効果的に組織化するトレーニング(EBMトレーニング等)を縦断的かつアウトカム基盤型カリキュラム
Middlesex Hospital
Family Medicine Residency Program: About the Program
レジデンシー期間を4年として、予防医療と慢性疾患マネージメントに重点を置いたカリキュラム
Baylor University
レジデンシー期間を4年として、MPH(公衆衛生学修士)の同時取得を可能とし、国際保健あるいは入院医療と参加ケアを重視したカリキュラム
West Virginia University Rural
Rural Family Medicine Residency Program | WVU Health Sciences Center
レジデント1年目を医学部4年でスタートさせる、へき地家庭医養成プログラム。慢性疾患マネージメントの縦断的カリキュラムを導入
Christiana Care
外来診療においてレジデントが指導医(メンター)とチーム組んで、重点領域を研修するカリキュラム
University of Rochester
「理想的マイクロプラクティス(極小規模診療所)」を家庭医療センター内に設置する。指導医とレジデントがそこにおいて、重要な領域に関するあたらしい診療モデルを実践する
Cedar Rapids
CRMEF - Cedar Rapids Family Medicine Residency Program - Cedar Rapids, Iowa (IA)
レジデント2年目、3年目はローテーション方式をやめて、より継続ケアの経験を増やす
Loma Linda University
レジデンシー期間を4年とし、MPHコースと統合しつつ、医療に恵まれない人たちへのケアの経験を重視する
Hendersonville
大型家庭医療センターからへき地の家庭医療診療所のネットワークに主たるトレーニングの場を移行
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さて、P4に関連した文献やウエブサイトをいくつか読んでみて、P4における各種教育イノベーションはおそらく以下のように整理できると思われた。
- 細切れでない縦断的なカリキュラム構築
- プログラムの期間を従来の3年から4年に延長
- 臨床能力の評価において学習ポートフォリオを活用
- チーム基盤型のケアとその中でのトレーニング(専門職連携実践)
- PCMHの原理に基づく診療所の再構築
- 慢性疾患マネージメントの重視
- 地域の小規模診療所をトレーニングの場として採用
- 地域ケア、あるいは特定の人口集団へのケアを重視
- 小グループ学習の導入
- 入院医療のローテーションを減らし、診療所でのトレーニングの時間を増やす
実は、これらは米国家庭医療レジデンシーの教育上の問題点として指摘されていた以下の項目に対する改善策ともいえるものである。すなわち、
- カンファレンスでの教育は受身型のことが多く、成人教育の原則が適用されていないことが多い
- 診療所運営や経営へのかかわりが少ない
- プライマリ・ケアの専門トレーニングであるにもかかわらず、治療医学(キュア)が過度に重視されている。
- Solo Practice或いはLone Physician(孤高の医師像)を想定したトレーニングが中心で、チームや専門職連携(Interprofessional work)の中の医師という役割を自覺することが少ない
P4の視点は、日本において総合診療専門医プログラムを地域の実情にあわせて構築する際に示唆に富むと思われる。
では、日本における総合診療あるいは家庭医療プログラムのキーとなるものはなにか?ということに関して個人的には、
- MultimorbidityのケアとComplex intervention
- Chronic care management
- Evidence based medicine
- Interprofessional collaboration
あたりだろうと考えている。
日本の総合診療専門研修で、特に家庭医療にフォーカスした専門研修カリキュラムをどう組むかに関する思考実験が必要ですね。
参考文献 David, AK. Preparing the personal physician for practice (P4): Residency training in family medicine for the future. JABFM 2007; 20:332-341