家庭医療学と糖尿病診療の関係について

2型糖尿病と患者中心のアプローチ

 2012 年 及び2015[1]に、ADA(米国糖尿病学会)/EASD(欧州糖尿病学会)による 2 型糖尿病治療の新たな Position Statement (合同声明)が発表された。このガイドラインは「患者中心の治療」という考え方を取り入れ たことで,従来の「疾患の管理」に主眼のある治療ガイドラインとは様相の異なるものとなっている。このガイドラインにおける「患者中心の治療」とは「個々の患者のニーズや価値観,選好を尊重した治療」とされ,診療における意思決定は患者 の価値観に基づいて,患者の視点で行われるべきでとされている。

 さて,家庭医療においては,あらゆるプライマリ・ケアの診療場面において,この患者中心性をCore value1つとして位置づけ重視してきた歴史的経過がある。また,家庭医の間では「糖尿病ケアには慢性疾患ケアの全てがある」という認識があり,レジデンシー(専門医養成過程)や生涯学習でも重要な課題として位置づけられてきた。

 このエントリーでは,家庭医療学及び家庭医の診療について概括し,現代の糖尿病診療に資することを目指したいと思う。

 

家庭医療学は実装科学である

 家庭医療学(Family Medicine)を定義するならば「質の高いプライマリ・ケアを効率的・効果的かつ公平に地域に提供することに資する学問領域」ということになるだろう。従って,家庭医療学はヘルスケア・システム,診療の質,費用対効果,公平性,地域などに関する多彩な学問のハイブリッドであるといえる。

 例えば,心房細動治療のエビデンスとして抗凝固療法の有効性が提示された後,その治療がプライマリ・ケア現場に適用される際の障壁となるバリアー因子を調査・介入を行い,抗凝固療法に対する忠実度(Fidelity)を改善させる研究がある。こうった研究は,実際にプライマリ・ケア現場でそのエビデンスがもたらすアウトカムの測定といった第二世代橋渡し研究であり,実は家庭医療学の研究体系に包含されるものである。つまり,家庭医療学は自然科学の一分野ではなく,プライマリ・ケア領域における実装科学(implementation science)とみなすことができるだろう。

家庭医療の原理

 家庭医療の原理というときの「原理」とは,なんらかの基礎科学領域(例えば解剖学,生理学)から演繹的にみちびきだされたものではない。衆目一致して地域から信頼されているプライマリ・ケアに関わる医師の診療自体を収集し,帰納的にみちびきだされた認識や行動の理論=行動原則(Principles)という意味で「原理」という言葉を使っている。

 代表的な家庭医療の「原理」は,Saultz[2]が提唱している近接性,継続性,包括性,協調性,文脈性の5つの要素である。これらは,プライマリ・ケアを実施する家庭医・スタッフ,医療施設,医療システムがよりよく機能するための指針といったものである。

近接性:アクセスしやすいということを意味する。居住地から近く,そこにいけば馴染みの医師あるいはスタッフに相談にのってもらえるということである。一方なぜアクセスしにくいのかを考えることも重要で,地理的条件,施設側,制度・システム側,地域住民側の要因等をどのように最適化するかが課題となる。

継続性:同じ医師がある特定の慢性疾患を継続的に診ると言うことだけを意味しない。例えば,数年間健康問題が生じず来院しなかったとしても,なにかあったらまたこの医師に相談しよう」という保健医療上のリソースとして,患者に位置づけられているならば,対人関係における継続性が維持されていると捉える。そのような継続性を提供できるようなコンピテンシーの獲得が家庭医教育のおおきな焦点の一つとなっている。

包括性:診療の幅広さを意味するが,現代日本では高齢者の多疾患併存状態(Multimorbidity)のケアに関して特に課題になる。各疾患をごとに専門医が担当し,それぞれが疾患ガイドラインで推奨されている検査や治療を実施するような分断されたケアは,多剤投薬をはじめ患者負担を大幅に増やし,QoLを低下させる[3]。ジェネラリストである家庭医がMultimorbidityのケアの担い手になるためにもこの包括性を獲得するためのトレーニングが必要である。

協調性:日本は地域包括ケアの時代となり注目される領域である。様々な医療機関介護施設の施設間連携に関する垂直統合と,地域における多職種連携によるケアの実践である水平統合という2つの統合の中で,チーム内の権威勾配に自覚的なりながら医師としての役割を果たすことが求められている。

文脈性:文脈(context)にもとづいて,様々な判断をすることである。個人のライフヒストリーや価値観と言う文脈,家族と言う文脈,そして地域や制度と言う文脈のもとでケアを実践することを意味するが,これは後述する患者中心性と深く通底するものである。

 

家庭医の臨床的方法論 患者中心の診療~共通基盤の形成

 McWhinney[4]は,地域で衆目一致して「優れた家庭医」の診療は,疾患の医学的診断と同時並行的に,症状や問題が患者自身にとって,どのような意味があるのかを探っていると観察研究を通じて明らかにし,生物医学的な診断プロセスであきらかになる次元を「疾患=Disease」,患者自身による現在の症状や問題の定義を「病い=Illness」として,疾患と病いの両面へのアプローチが家庭医の診療の特徴的な構造であることを提示し,疾患と病いへの統合アプローチを患者中心の医療の方法(Patient centered clinical method)と命名した。

 患者中心の医療の方法で目標は「共通基盤の形成」であり,医師と患者の間で,「何が問題なのか」「診療の目標やゴールは何か」「そのゴールに到達するためにお互いがどんな役割を果たすのか」の3点ついて合意形成することである。この共有化された意思決定(Shared decision making)は,「患者の問題を定義するのは医師である」あるいは「患者の治療方針を決定するのは医師であり,患者は医師の指示に従えば良い」といった医師中心の診療プロセスとは根本的に異なるパラダイムにある。

 こうした臨床的方法論に役に立つツールとして,解釈モデル,高齢者総合機能評価,家族と個人のライフサイクル,健康の社会的決定因子,健康生成モデルなどが取り上げられるのが家庭医の教育の特徴でもある。

おわりに

 患者中心性を重視する現代の糖尿病診療において,家庭医療の教育や研究の成果が貢献できることは少なくないと思われる。今後の有機的なコラボレーションを今後目指していきたい。

[1]: Inzucchi, S.E., Bergenstal, R.M., Buse, J.B. et al. (2015) Management of hyperglycaemia in type 2 diabetes, : a patient-centred approach. Update to a position statement of the American Diabetes Association and the European Association for the Study of Diabetes. Diabetologia 58: 429-442

[2]: Saultz JW (2001) Textbook of family medicine, McGraw-Hill, Medical Professions Division p1-36

[3]:  Fortin M (2012) A systematic review of prevalence studies on multimorbidity: toward a more uniform methodology. The Annals of Family Medicine 10(2) : 142-151,

[4]: Stewart, M (2003 )Patient-centered medicine: transforming the clinical method. Radcliffe Publishing, p17-30

 

(このエントリーは,糖尿病 Vol. 60(2017) No. 5に寄稿したものに加筆訂正したものです。)

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