これからの日本のプライマリ・ケアにおいては、まちがいなくMultimorbidityがキーワードなると思います。で、2005年にBoydらがJAMAに発表した論文が非常に興味深いです。これは、Multimorbidityの時代において、高齢者に頻度の高い慢性疾患の診療ガイドラインはどのように役にたつのかを検証してみたよ~的な総説です。
代表的な慢性疾患のガイドライン上、併存疾患に関する記述について検討しています。簡単にまとめると、こんな感じです。
複数以上の併存疾患がある場合の推奨の記述
糖尿病 ◯
高血圧 ✕
変形性関節症 ✕
骨粗しょう症 ✕
COPD ✕
心房細動 ✕
慢性心不全 △
狭心症 ◯
脂質異常症 △
ということでガイドラインはMultimorbidityに関する推奨をDMと狭心症以外はほとんどカバーしていないことがわかります。
あと彼らは一人のモデル患者を設定して、ガイドライン通りに医療を実施するとしたら、どのような状況になるかをシミュレートしています。
モデル患者は79歳の女性。高血圧症、糖尿病、変形性関節症、骨粗しょう症、COPDで通院中である。
ガイドラインに従うと、この患者の投薬スケジュールは以下のとおりになる。大変忙しいですね。
午前7時 Ipratropium吸入、Alendronate内服
午前8時 カルシウム、VitD、サイアザイド、ACEI、Glyburide、アスピリン、メトフォルミン、Naproxen、PPIの内服
午後1時 Ipratropium吸入、カルシウム、VitD内服
午後7時 Ipratropium吸入、メトフォルミン、カルシウム、VitD、ロバスタチン、Naproxen内服
午後11時 Ipratropium吸入
必要時 Albuterol吸入
で、この患者において、ガイドライン上推奨される患者としてのタスクと医療者のタスクを列挙すると、以下の様になります。
患者のタスク
- 関節保護、カロリー制限、
- 運動~足病変があれが加重しない運動、骨粗しょう症があるので加重運動も
- 毎日有酸素運動30分
- 筋力強化
- 関節可動域の維持
- COPDを悪化させる環境因子への暴露を防ぐ
- 適切な靴をはく
- アルコールは控えめに
- 正常の体重を維持する
医療者のタスク
- ワクチン(肺炎球菌とインフルエンザ)
- 受信時毎回血圧測定と可能なら自宅血圧測定指示
- 血糖の自己測定の指導
- ニューロパシーがある場合は受診ごとに足のチェック。ニューロパシーなければ、年に一度総合的な足のチェック
- 検査(年に1回尿アルブミン、年に1~2回のCreと電解質測定、年に1回コレステロール測定、2年に一度肝機能検査、コントロール状態に応じて定期的なHbA1c測定)
- 紹介~理学療法、眼科検査、呼吸器リハビリテーション、隔年でDEXA
- 患者教育~足の観察とフットケアとOAに適した靴の選択、COPDに対する吸入療法の指導、DMの総合的指導
患者も忙しい、医者も忙しい。タスクというか、アジェンダが一杯。これにもしPsychosocialな問題、例えば認知症とか、うつ病とか、あるいは介護問題とかからんでくると、めまいがしそうになるが、しかし、それはまったくもって毎日現前しているのですよね。
しかし、こういう状態の方に対する診療報酬がもしガイドラインの推奨の実施に連動していたらどういうことになるでしょうか。場合によっては一番高いコストが取れるガイドラインに焦点をあてたケア計画になるかもしれません。Multimorbidityの時代のプライマリ・ケアにDRGなどがフィットしない大きな理由はそこにあります。
さて、こうした患者のではケアの目標をどこにおくのか、おそらく根本的にはPatient experienceの重視、つまりは患者中心のアウトカム設定を共同で行うことが必要になるんだと思います。
文献
Boyd, C. M., Darer, J., Boult, C., et al:.Clinical practice guidelines and quality of care for older patients with multiple comorbid diseases: implications for pay for performance. JAMA 294(6): 716-724, 2005