高齢者多疾患併存、その診療のコツ

日本における多疾患併存の現状はまだまだ明らかになっていない

 多疾患併存(Multimorbidity)とはいくつかの慢性疾患各々が病態生理的に関連するしないにかかわらず「併存」している状態であり、診療の中心となる疾患を設定しがたい状態をいいます。例えば、慢性心不全骨粗しょう症、転倒傾向、糖尿病、慢性閉塞性肺疾患うつ状態を伴う血管性認知症が併存するような場合をおもいうかべてみてください。

 多疾患併存の状態では、どの科の専門家が中心となるべきかが明確になりにくく、ケアが科別に分断され、容易にポリファーマシーや予期せぬ入院などを生じやすいとされます。

 現在ワールドワイドでプライマリ・ケア研究における最もホットなトピックスが多疾患併存です。しかしながら先進国の中でこの問題に、今まさに直面しているはずの日本では、最近までほとんど研究がなかったのです。しかし、最近私達(CFMD)のレジデンシー出身の家庭医療専門医で、現在京都大学所属の青木拓也Drらの先駆的な研究[1]により、日本おける以下のような状況が一定明らかになってきています。

1.悪性疾患+消化器疾患+泌尿器疾患+心血管疾患+代謝性疾患の組み合わせの他疾患併存では顕著な多剤投薬状態になっている

2.悪性疾患+消化器疾患+泌尿器疾患、呼吸器疾患+皮膚疾患、骨疾患+関節疾患+消化器疾患の3つのパターンの他疾患併存では、一日の服薬の回数がより頻繁になっている

  

多疾患併存における治療負担の視点とアプローチの方向性

 複数以上の慢性疾患をもつ患者は、様々な治療に対しておおきな負担感を感じています。May[2]はこうした患者の負担を治療負担(Treatment burden)と呼び、注意を促しました。治療負担の主たる要素には、

*治療とその目的を学ばなければならないこと

*服薬などの治療に対するアドヒアランスを維持すること

*ライフスタイルを変え、治療のモニタリングを自分で行うこと

などがあります。

 この治療負担とうまく折り合いをつけて生活するために、「疾患の知識」「社会的サポート」「レジリエンス」が患者には必要となります。

 見方を変えれば、治療負担を軽減し、治療負担に耐えられるように援助するということが多疾患併存のマネージメントであるともいえるでしょう。

 

高齢者多疾患併存へのアプローチのコツ

 多疾患併存への臨床アプローチは、まだ確立したものないといえます[3][4]。ただ、私自身はその「コツ」といえるようなものはあると考えています。それをいくつか紹介します。

1.患者及び家族と「どこを治療やケアの落とし所にするか?」を探っていくという姿勢をもつことです。疾患毎の診療ガイドラインの推奨の「加算」がベストの治療であるとういう認識からはスッパリと縁を切りましょう。

 

2.まず一歩ひいて全体をつかみましょう。高齢者においては、主症状が特定の疾患の診断と直結する頻度はおよそ40%であるという研究もあります[5]ADLIADL、認知機能、社会サポートなどに関する評価をおこない、生活の様子を具体的にイメージできるようにしましょう。そして僅かであっても改善可能なポイント群があれば、チームでアプローチするのです。

 

3.通院している医療機関代替医療施設をリストアップし、最新状況を把握しましょう。どのくらいの頻度で、何が行われているのかを具体的に把握し、OTC利用もしらべておきたいですね。そして、多くの専門科が関わっている場合、その役割を再評価し、処方などの一本化をめざしましょう。

4.高齢者多疾患併存でキーとなる疾患及び健康問題は、私の経験上、

慢性心不全

慢性閉塞性肺疾患

認知症

筋骨格系の慢性疼痛

孤独と貧困

であると思います。

 これらに対する必要最低限かつ根拠のある投薬にくわえて、非薬物治療(食事や運動、鍼灸等)の積極利用、ソーシャル・サポートの構築などをこころがけましょう。

 

5.80才以上で、双極性障害統合失調症で通院している患者も多いものです。担当精神科医と積極的に情報交換すると事態が整理される場合が多いようです。

 

6.治療負担になりやすい高齢者の骨粗鬆症治療に関して、その適応を慎重に判断しましょう。

 

 総じて高齢者多疾患併存へのアプローチは、患者の価値観、生活ルーチンの持つ意味等「主体としての患者」を診るという医療ジェネラリズムの本質につながるところがあると私は考えています。

 真の主治医意識を持って取り組むとよい結果が得られることが多いと思います。

 

[1]: AOKI, Takuya, et al. Multimorbidity patterns in relation to polypharmacy and dosage frequency: a nationwide, cross-sectional study in a Japanese population. Scientific reports, 2018, 8.1: 3806.

[2]: May C, et al: We need minimally disruptive medicine. BMJ, 339: 485–487. 2009

[3]: Smith, S. M., Soubhi, H., Fortin, M., Hudon, C., & O’Dowd, T. (2012). Managing patients with multimorbidity: systematic review of interventions in primary care and community settings. Bmj, 345, e5205.

[4]: WALLACE, Emma, et al. Managing patients with multimorbidity in primary care. bmj, 2015, 350.jan20 2: h176.

 

[5]: Fried, L. P., Storer, D. J., King, D. E., & Lodder, F. (1991). Diagnosis of illness presentation in the elderly. Journal of the American Geriatrics Society, 39(2), 117-123.

 

注)このエントリーは医学書院「総合診療」2018年8月号に寄稿したものに加筆訂正を加えたものです

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