年長者よ、クラウドで仕事をしよう

 2007年頃に年下の同僚からすすめられた梅田望夫さんの「ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる」ちくま新書 2006年 は当時僕にとっては、そうとう衝撃的な読書体験となった。「すべてがGoogleになる」「すべての人が発信者になる」といったフレーズは当時としてはかならずしもピンとこないところもあったが、大きなパラダイム転換がきているという雰囲気を感じ取ることができた。これは単純に情報伝達の問題ではなくて、生活全般、価値観、世界観に影響をあたえる変化なんだろうな、という直感もあった。

 実際に現在では、クラウドにすべてのデータを保存し、個別のPCやスマホはネットワークがあってはじめて意味を持つようになっており、SNSも日常生活にとけこんだものになっている。たとえばFacebookのデータは自分のPCやスマホにはなく、クラウド上に存在しているのだが、そういうことをもはや意識することもなくなっている。

 こうした時代において、医者の仕事(直接の診療、マネージメント、教育や研究、プライベートライフ等)にもこうしたICT(Information and Communication Technology)のパラダイムチェンジが大きな影響をあたえてきている。しかし、案外「ITは苦手」とか、「IT弱者」などと自嘲気味に語るものも中高年の医者の中には少なくないが、最近読んだ堀正岳さんによる「理系のためのクラウド知的生産術 メール処理から論文執筆まで」講談社2012は、医師が日常の生産性を向上させるために、現代のICTがどのように役に立つのか?という疑問に答える内容になっている。

 クラウドサービスとは何か?からはじまって、GmailDropboxEvernoteのいわば3種の神器の基本から解説しつつ、それらを使った仕事のコツについてわかりやすく解説している。また、論文管理については、クラウドの論文管理サービスであり、世界的に普及しているMendeleyの紹介をしているところは、類書がすくないだけに貴重である。また、無料のビデオ・音声会議システムを構築できるSkypeの使い方も実践的に紹介されている。すでにこの書籍が出版されてから3年が経過しているが、基本的に上述したサービスは継続進化しており、操作や考え方の基本は同じである。

 僕がICTにおいて、もっとも重要な成果として考えているのはSNSに代表されるあらたなコミュニケーション様式であり、広範囲に構築される弱いつながり(weak ties)、そして共有の文化である。クラウドを活用して仕事をすることはこうしたことと直結しているのである。

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アジサイ

 

事務所のヴィジョンとミッションを書いてみる

 なんとなく事務所もそれなりに実体がでてきているので、そろそろヴィジョン&ミッション&行動計画書を作る必要がでてきたが、なかなか難しい・・・妄想も含めて、草稿としてつらつら書いてみよう。これが全部実現できるとはおもってないけれど・・・

 藤沼康樹事務所(仮)のヴィジョンとミッションと行動計画

 家庭医、家庭医療、家庭医療学は、これまでの私の医師人生のキーワードを構成しています。家庭医療(Family Medicine / General Practice)は、特定の個人、家族、地域に継続的に、全ての健康問題にかかわる医療形態であり、「長くそこにいて、すべてにかかわること」がプリンシプルです。

 また、家庭医は、異なる人生に出会う仕事であり、様々な人生のプロセスにある患者さんの手助けができるが故に、身体、心理、家族、社会、倫理など多次元にわたる問題に取り組むことがもとめられ、多職種*1との有機的な連携が必須な、領域横断的な仕事であるともいえます。
 日本は超高齢社会を迎え、絶対死亡数も今後20年で60万人増加すると推計されています。元気な高齢者も増えますが、End of life careもまた日常的にそこかしこに存在するようになります。そうした高齢者を適切にケアするためには、地域指向性の多職種によるチームが地域に多く必要になります。そういう点で、以前から多職種連携に関しては大変関心を持ってきました。
 また、家庭医療学は質が高く、妥当性があり、費用対効果にすぐれたプライマリケアを公平に地域住民が享受するための研究分野です。家庭医療学の研究対象は日常病、患者の病い体験、医師の行動、ヘルスケアシステム、医療者教育、環境など多岐にわたり、研究方法論も、生物医学的研究、疫学的研究はもとより、人文社会科学的方法論も含まれており、実は対象や方法が看護研究とオーバーラップするところも多く、私は看護研究には非常に興味をもって接してきました。
 上述した文脈の中で、私自身の30年の地域医療実践と教育実践をより多くの職種の医療人や医療系学生と共有し、多くの地域に貢献できる人材を育てることに第二の職業人生の時間を使いたいと思います。具体的に開発普及を構想している教育実践プログラムを以下に列挙します。


1.IPE/IPWにおけるリーダーシップを涵養するプログラムの開発
 IPE/IPWは、医療保健福祉にかかわる各種組織や施設のリーダーの意識改革が必要ですが、そうしたリーダー向けのプログラムの開発を行います。これまでの私の30年にわたる医療人としての経験を活かしやすい領域と考えています。


2.都市部プライマリ・ケア現場に特徴的な問題に対応する多職種チーム支援プログラムの開発
 高齢社会の困難の本質は、高齢化率の問題ではなく、都市部における高齢者人口の爆発的増加にあると言われています。特にケアの分断、不要なあるいは不適切な救急受診や入院につながる事例、そしていわゆる複雑困難事例などの問題に直面する頻度が高くなります。こうした都市部特有な問題に対するIPWを円滑にするためのツール開発(tools for shared patient-centered problem solving)を行います。


3.診療所或いは中小病院外来におけるパネル・マネージメントとIPE/IPWの実践コンサルティング
 プライマリ・ケアは基本的に地域でかかりつけとなっている人口集団(パネル)を対象とします。このパネルはその必要とするケアの性質によりレイヤー化が可能で、レイヤー毎に適切な担当職種がある。例えば、比較的合併症の少ない安定した慢性疾患の患者のパネルは訓練された看護師がもっとも有効にマネージメントできる。パネル・マネージメントは多職種連携で行うためIPWの典型といえるが、このモデルケースを構築します。


4.多領域の研究リテラシーを身につけるプログラムの開発
 多職種コミュニケーションにおいては、各職種における専門用語、パースペクティブ、価値観などの理解が必要ですが、それらを促進するために様々な領域の研究論文を理解するセミナーあるいは学習会を行います。例えば、質的看護研究を一つとりあげて、医学部生、薬学部生、看護学部生がそれを元にディスカッションします。また、リアルなケースをとりあげて、そこからリサーチクエスチョンを多職種で設定し、共同研究のあり方を探るようなワークショップも有用と考えています。


5.医療人の生涯教育(Continuing Professional Development: CPD)とIPE/IPWのコラボレーションの推進
 従来医療人の生涯教育は、自身の専門領域の知識と技術のアップデートを意味してきましたが、知識と技術のアップデートだけで良いパフォーマンスが保証されるわけではないことが明らかになってきています。よいパフォーマンスは、自身の所属している組織や施設の質改善、コミュニケーションやリーダーシップといった一般能力、そして資質の涵養などが複合的に作用して保証されます。これらを含む生涯学習をCPDと呼ぶようになっていますが、おそらくIPE/IPWはこのCPDと直結していると考えられます。これらの関連性を探索的に研究し、日本の医療人に有用なCPDのあり方を提示したいと考えています。

 

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#rose

*1:専門職、非専門職を含めますので多職種という言葉はTransprofessionalの意味でここでは使います

日本のプライマリ・ケア現場におけるPopulation Health Managementを構想する

 Population health management(PHM)とは、ある保険集団内の健康アウトカムの構成、その構成に影響を与える健康決定要因、さらにその決定要因にインパクトをもたらす政策と介入のことである(Nash)とされる。

 日立総研の中村桃子氏による解説を要約すると、
1.集団をターゲットにデータの収集・分析を行うことにより、現在は健康でも慢性疾患に対してリスクがある対象者や既に罹患しているものの自覚していない対象者にも医療介入を行うことが可能となる
2.現在は健康であっても慢性疾患に対するリスクを抱えているのであれば、予防のための健康増進などを行うため、従来の医療と比較してより広範な対象者のリスクを排除することができる
3.対象となる疾患は、リスクの想定が可能な慢性疾患となる
4.PHMを通じて蓄積された情報を基に、どのような対象者にどのようなケアを提供することが効果的であったかを分析し、提供するケアプランを改良していくことが可能

 ということになっているが、基本的には医療費の増大を抑制することをメインに、同時に患者集団の健康状態の維持を並立させるこころみといえるだろう。

 さて、ここでは以前にブログエントリーで言及したことがあるプライマリ・ケア現場におけるパネルマネージメントとの関連に注目したい。

 パネルマネージメントとは、プライマリ・ケア現場(診療所でも病院外来でもよい)のパネル=利用しているかかりつけの患者集団に対して、系統的に上記にのべたようなPopulation Health Managementを実施することである。
 その目的は
1.本来受けるべきケアをうけていない(Care Gaps)患者を同定しアプローチすること
2.これまではあまり関心を向けられなかったかかりつけ患者(安定した単一の慢性疾患患者や健診のみで受診するような患者)にアプローチし、継続ケアを提供すること
 とされ、どちらかというと責任をもつ人口集団の健康状態をいかに向上させるかという点に重きが置かれている。

 オレゴン健康科学大学のDr. Yamashitaのプレゼンテーションにインスパイアされて、プライマリ・ケアを提供している診療所や病院外来におけるパネルマネージメントについて以下の図を自作してみた。

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 診療所や病院の一般外来などに通院している、あるいは何かあった場合に利用している患者群を仮に健康リスクによってレイヤー化してみた。体感的には納得できるのではないだろうか。

 おそらく、現場のプライマリ・ケア医療者は高リスク群で消耗しており、中等度~低リスク郡にはあまり関心がないか、流しているというのが現状だろう。この部分のケアの質を向上させるためには専門職連携あるいは、看護師等の医者以外の専門職に権限を移譲してマネージメントすることが非常に有効だと思われる。

 ただし、医療費に関して言うと、下の図のよう高リスク群に関して医療費が多く投下されているのは世界共通であるが、ここは専門職連携によるケアマネージメントが必要なところである。この高リスク群の中には、ERや入院のHigh utilizerが多いとされるのも先進国で共通の問題といえる。

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 ここで、米国ソロプラクティスの家庭医Jeffrey Brennerの取り組みに注目したい。彼のいうところのCollaborative Super-utilizer modelを紹介する。
 米国の最貧地区での取り組みであるが、要は頻回ER受診、頻回CT、頻回MRI、頻回入院などの患者をピックアップし、地図上にプロットしていくと、実はホットスポットと彼のいうところの患者の集積区域があるとのこと。そして、実際にそこにいってみると、いろんなことがわかるのだが、たとえばトコジラミの駆除をするお金がないことが頻回ER受診理由だったりする。かれは特に健康の社会的決定因子(SDH)を重視している。そうした患者に多職種連携による継続ケアと、地域ぐるみの話し合いなどを提供することによって、社会的決定因子による影響を極力減らし、経験される健康状態が一定改善し、実際にその地域の医療費が激減した。おそらく東京などの日本の大都市におけるHealth disparityの問題を考える上で非常に示唆的だと思われる。

 いずれにしても、診療所や病院外来の患者群を、疫学でいうところの「Population at risk」と捉えることの重要性が再び高まっていると思う。しかし、このことは、家庭医療の原則として、A Textbook of Family Medicineの中でIan McWhinneyがすでに強調していたことなのである。

 

参考文献・サイト

Population Health Management (PHM):株式会社日立総合計画研究所

www.newyorker.com

cepc.ucsf.edu

https://instagram.com/p/169RhWS-dX/

満開 #spring

日本の総合診療医の6つのコアコンピテンシー

 ついにというか、やっとのことで4月20日に 日本専門医機構「総合診療専門医に関する委員会」からの報告として、総合診療専門医の6つのコアコンピテンシーが発表されました。今後はこのブログでも様々な側面から取り上げていこうと思いますが、結果的には家庭医療やGeneral Practiceの世界的潮流にほぼ一致するコンピテンシーセッティングとなっていると考えます。これからの議論が常にたちもどる地点として重要ですし、そうした地点がこの数十年なかったことを考えると感慨深いものがあります。

 ただし、日本の総合診療医としてもとめられているのは、おそらく英国をはじめとするヨーロッパ諸国のプライマリ・ケア専門医=家庭医(学的基盤はFamily Medicine)と、内科的診療を中心として、病院の一般病棟や救急診療を担う北米型ホスピタリスト=病院総合医(学的基盤はHospital Medicine)のハイブリッドと個人的には考えております。圧倒的な供給不足が故に「今」すぐ必要な総合診療医のタイプとしては、むしろ病院総合医でしょう。ただし、今後の高齢社会の急速進行や特に都市部のプライマリ・ケア機能の脆弱化が予測される中では、プライマリ・ケア専門医、すなわち家庭医が必要になってくることはまちがいありません。また、家庭医と病院総合医の連携が、これからの20年くらいの日本のヘルスケア・システムにとってキーの一つであるだろうこともおさえておく必要があります。

 したがって、今回の総合診療医のコアコンピテンシーはかなり家庭医寄りになっていますが、ここにない病院総合医に独自のコンピテンシーをむしろ提示、付加していくことが今後の作業課題であると考えればいいと思います。

 このコンピテンシーに対応するだろう英語のキーワードを、個人的な視点からですが、列挙してみます。文献など調べる上で参考になろうかと思います。

 

総合診療専門医の6つのコアコンピテンシー

1.人間中心の医療・ケア Person-centered care
1)患者中心の医療 Patient centered care
2)家族志向型医療・ケア Family oriented care
3)患者・家族との協働を促すコミュニケーション Interpersonal communication skills
2.包括的統合アプローチ Comprehensive care, Integrated care
1)未分化で多様かつ複雑な健康問題への対応 First contact care, care for multimorbidity, complex intervention, complexity
2)効率よく的確な臨床推論 clinical reasoning, value based practice
3)健康増進と疾病予防  health promotion, preventive care
4)継続的な医療・ケア continuity of care
3.連携重視のマネジメント Interprofessional work
1)多職種協働のチーム医療 team-based care, interprofessionality

2)医療機関連携および医療・介護連携 transprofessional care
3)組織運営マネジメント management, leadership
4.地域志向アプローチ Community orientation
1)保健・医療・介護・福祉事業への参画 Community participation, public health, long term care

2)地域ニーズの把握とアプローチ Community diagnosis and treatment
5.公益に資する職業規範 Professionalism
1)倫理観と説明責任 moral judgement, accountability
2)自己研鑽とワークライフバランス continuing professional development, self-management
3)研究と教育 Research and Education&Teaching

6.診療の場の多様性 System based practice
1)外来医療 Ambulatory care
2)救急医療 Emergency care
3)病棟医療 Inpatient care
4)在宅医療 Home visiting care

 

https://instagram.com/p/1hAhWTS-am/

ハナミズキ

米国家庭医療レジデンシーのイノベーション:P4から学ぶ

 2007年頃よりPatient centered medical home:PCMHを自らのもっとも中心的なプロジェクトと位置づけた米国家庭医療学会は、家庭医療専門研修プログラム(レジデンシー)がPCMHに必要なかかりつけ医(Personal physician)を養成することをアウトカムとして、さまざまな教育的イノベーションを採用した14のレジデンシーを追跡調査し、その成果を評価するプロジェクトを2007年から開始した。これは、Preparing the personal physician for practice:P4(頭文字でPが4つ並ぶので)と呼ばれる。


 従来の米国の家庭医療レジデンシーは、3年間で各科ローテーションをサイクリックに行うということが基本構造であった。特に各科の経験の積み上げによりジェネラリストを構築することがジェネラリストの教育法として想定されていたが、それが時代に合わなくなってきたという反省の流れもあったようだ。
 従来の米国家庭医療レジデンシーの構造は以下の要素が必須である。

  • 基本的にレジデンシーの期間は3年間
  • 3年間を通じて実施する家庭医療センター(大規模診療所)における継続外来
  • ブロックローテーションでの専門科研修(数週~2ヶ月)
  • 一般内科、家庭医療科病棟、小児科、救急科、外科、整形外科・スポーツ医学、産婦人科は必須ローテ-ションとされる
  • その他施設の特徴を活かしたローテーションが可能

 次にP4として採用された14のプログラムのイノベーションのうちいくつかを紹介してみよう。

「レジデンシー名」

イノベーションのポイント」

の組み合わせで列挙してみる

 

Lehigh Valley 

www.lvhn.org

 従来のような大型の(診察室が数十あるような)家庭医療センターではなく、コミュニティで活発に医療活動を行っている小規模の診療所で、レジデントに継続診療の経験を保証する


Tufts University 

Residency | Tufts University School of Medicine

 医学情報の取り扱いや情報を効果的に組織化するトレーニング(EBMトレーニング等)を縦断的かつアウトカム基盤型カリキュラム

Middlesex Hospital  

Family Medicine Residency Program: About the Program

 レジデンシー期間を4年として、予防医療と慢性疾患マネージメントに重点を置いたカリキュラム


Baylor University 

Family Medicine Residency

 レジデンシー期間を4年として、MPH(公衆衛生学修士)の同時取得を可能とし、国際保健あるいは入院医療と参加ケアを重視したカリキュラム


West Virginia University Rural 

Rural Family Medicine Residency Program | WVU Health Sciences Center

 レジデント1年目を医学部4年でスタートさせる、へき地家庭医養成プログラム。慢性疾患マネージメントの縦断的カリキュラムを導入

 

Christiana Care  

residency.christianacare.org

 外来診療においてレジデントが指導医(メンター)とチーム組んで、重点領域を研修するカリキュラム


University of Rochester 

Family Medicine Residency - Prospective Residents - Graduate Medical Education - Education - University of Rochester Medical Center

 「理想的マイクロプラクティス(極小規模診療所)」を家庭医療センター内に設置する。指導医とレジデントがそこにおいて、重要な領域に関するあたらしい診療モデルを実践する

 

Cedar Rapids 

CRMEF - Cedar Rapids Family Medicine Residency Program - Cedar Rapids, Iowa (IA)

 レジデント2年目、3年目はローテーション方式をやめて、より継続ケアの経験を増やす

 

Loma Linda University 

llufamily.com

 レジデンシー期間を4年とし、MPHコースと統合しつつ、医療に恵まれない人たちへのケアの経験を重視する


Hendersonville  

mahec.net

 大型家庭医療センターからへき地の家庭医療診療所のネットワークに主たるトレーニングの場を移行

 

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 さて、P4に関連した文献やウエブサイトをいくつか読んでみて、P4における各種教育イノベーションはおそらく以下のように整理できると思われた。

  • 細切れでない縦断的なカリキュラム構築
  • プログラムの期間を従来の3年から4年に延長
  • 臨床能力の評価において学習ポートフォリオを活用
  • チーム基盤型のケアとその中でのトレーニング(専門職連携実践)
  • PCMHの原理に基づく診療所の再構築
  • 慢性疾患マネージメントの重視
  • 地域の小規模診療所をトレーニングの場として採用
  • 地域ケア、あるいは特定の人口集団へのケアを重視
  • 小グループ学習の導入
  • 入院医療のローテーションを減らし、診療所でのトレーニングの時間を増やす

 実は、これらは米国家庭医療レジデンシーの教育上の問題点として指摘されていた以下の項目に対する改善策ともいえるものである。すなわち、

  • カンファレンスでの教育は受身型のことが多く、成人教育の原則が適用されていないことが多い
  • 診療所運営や経営へのかかわりが少ない
  • プライマリ・ケアの専門トレーニングであるにもかかわらず、治療医学(キュア)が過度に重視されている。
  • Solo Practice或いはLone Physician(孤高の医師像)を想定したトレーニングが中心で、チームや専門職連携(Interprofessional work)の中の医師という役割を自覺することが少ない

 P4の視点は、日本において総合診療専門医プログラムを地域の実情にあわせて構築する際に示唆に富むと思われる。

 では、日本における総合診療あるいは家庭医療プログラムのキーとなるものはなにか?ということに関して個人的には、

  •  MultimorbidityのケアとComplex intervention
  •  Chronic care management
  •  Evidence based medicine
  •  Interprofessional collaboration

あたりだろうと考えている。

 日本の総合診療専門研修で、特に家庭医療にフォーカスした専門研修カリキュラムをどう組むかに関する思考実験が必要ですね。

 

参考文献 David, AK. Preparing the personal physician for practice (P4): Residency training in family medicine for the future. JABFM 2007; 20:332-341

 

https://instagram.com/p/0yz3CBy-Tw/

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エキスパート・ジェネラリストとはオルタナで協働的である

 Complex interventionはジェネラリストらしい、あるいはジェネラリストが非常に価値のあるものとしてうけいれることができるような「介入」を考えていく上で非常に示唆的なコンセプトである。

 このエントリーでは、プライマリ・ケアの場面(General Praticeのセッティング)で慢性心不全QOLの向上に対して、Complex interventionが効果があるかどうかをランダム化比較試験:RCTで検証するという研究プロトコールを題材に考えてみる。文献は以下のものを使用する。

 

Peters-Klimm, F., Müller-Tasch, T., Schellberg, D., Gensichen, J., Muth, C., Herzog, W., & Szecsenyi, J.: Rationale, design and conduct of a randomised controlled trial evaluating a primary care-based complex intervention to improve the quality of life of heart failure patients: HICMan (Heidelberg Integrated Case Management). BMC cardiovascular disorders, 7(1), 25, 2007


http://www.biomedcentral.com/1471-2261/7/25/

 

 この論文のリサーチクエスチョンをPICOで書くとこんな感じである。

P:プライマリ・ケアでフォローアップされているCHFの患者
I:Complex Interventionを実施
C:従来のケアを実施
O:QOLの向上

 この研究におけるInterventionの内容の概略は以下のようなもので、確かに複雑、Complexである。

1.診療所看護師に役割や患者との関係について説明
2.患者は疾患についての説明をうける。症状、セルフモニタリングの仕方を理解。その際に疾患に関するブックレットを配布
3.患者のリスクに応じて状態モニタリングを看護師が行う
*NYHA1&2では6週毎に電話フォロー&年に3回の自宅訪問
*NYHA3&4では3週毎に電話フォロー&年に3回の自宅訪問

 電話では身体症状、内服の問題についてインタビュー
 自宅訪問では構造化されたやりかたで患者の状態を評価、ライフスタイルを構造的に評価、また、うつ、不安、簡易CGAと詳細な服薬状況のチェックを行う
4.看護師の訪問後に医師を受診させ、医師は患者の生活習慣、喫煙、運動、セルフマネージメントなどについてカウンセリングを行う
5.リマインダーシステムをつくる
6.医師に対して、担当している慢性心不全の患者集団の投薬内容もふくめたデータを送付して、フィードバックを行う

 

 このプロトコールはプライマリ・ケアにおける慢性心不全のケアに関して、これまで様々な研究で実証されているEvidenceを組み合わせて、プロトコールを作成し、RCTによりその効果(QOL)を見ようとしている(図参照)。

 

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 この研究自体は第2世代橋渡し研究だといえる。しかし、様々なレベルの様々な要因がからみあうのが臨床現場。たとえば心不全の予後に関して強力なEvidenceのあるβブロッカーを、プライマリ・ケアの現場で投与してその効果をみるということだけでは、生存率だけではない多様なアウトカムを設定しなければならない臨床現場における第2世代橋渡し研究としては適切でないのではないか。

 より臨床現場に近い介入として、様々なEvidenceを組み込み、実証はされているわけではないが有力と思われる理論なども検討して、プロトコールを組み上げ、専門職が連携して実践する、すなわちInterprofessional workという形に構築することがComplex interventionであるといえるかもしれない。これが本当に有効なのかということを上図のようにRCTで評価しようというのがこの研究なのだろうと思われる。

 しかしこうしてみてみると、Complex interventionは、現場のチームの診療実践そのものであり、もしこの実践の有効性がRCTで証明できるのならば、それはEvidence based practice:EBPあるいはGood Practiceといえるのはないか。そして、このEBPを他の現場にひろげていくことが次の段階になる。そこにこれまでのエントリーにも記述してきたImplementation science:実装科学が重要になってくるのだろう。

 ただし、次のエントリーで紹介を予定している助産師の地域実践におけるComplex Interventionの研究とその省察の論文を読むと、より事態は複雑である。端的にいえばComplex interventionそのものが介入した対象から影響をうけるということに関する検討が必要ということである。おそらく、この慢性心不全の研究はまだ一般の効能研究の枠内にある。真にComplex interventionの検討をするためには直線的な因果論ではない、別の因果論が必要かもしれない。それは複雑適応系に関連したものかもしれないし、構造因果性(アルチュセール)なのかもしれない。

 ひとついえることは、こうしたComplex interventionを実施する医者は、もはや孤高の医師(Lone physician)ではありえず、SabaのいうCollaborative alternativeな医者だろうと思う。オルタナで協働的であること、それがエキスパート・ジェネラリストのあり方なのである。

 

参考文献 Saba, G. W., Villela, T. J., Chen, E., Hammer, H., & Bodenheimer, T.: The myth of the lone physician: toward a collaborative alternative. The Annals of Family Medicine 10(2), 169-173, 2012

 

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Multimorbidityの時代と診療ガイドライン

 これからの日本のプライマリ・ケアにおいては、まちがいなくMultimorbidityがキーワードなると思います。で、2005年にBoydらがJAMAに発表した論文が非常に興味深いです。これは、Multimorbidityの時代において、高齢者に頻度の高い慢性疾患の診療ガイドラインはどのように役にたつのかを検証してみたよ~的な総説です。

 代表的な慢性疾患のガイドライン上、併存疾患に関する記述について検討しています。簡単にまとめると、こんな感じです。

 

       複数以上の併存疾患がある場合の推奨の記述
糖尿病         ◯
高血圧         ✕
変形性関節症      ✕
骨粗しょう症      ✕
COPD         ✕
心房細動        ✕
慢性心不全       △
狭心症         ◯
脂質異常症       △

 

 ということでガイドラインはMultimorbidityに関する推奨をDMと狭心症以外はほとんどカバーしていないことがわかります。

 あと彼らは一人のモデル患者を設定して、ガイドライン通りに医療を実施するとしたら、どのような状況になるかをシミュレートしています。


 モデル患者は79歳の女性。高血圧症、糖尿病、変形性関節症、骨粗しょう症COPDで通院中である。

 ガイドラインに従うと、この患者の投薬スケジュールは以下のとおりになる。大変忙しいですね。

午前7時 Ipratropium吸入、Alendronate内服
午前8時 カルシウム、VitD、サイアザイド、ACEI、Glyburide、アスピリン、メトフォルミン、Naproxen、PPIの内服
午後1時 Ipratropium吸入、カルシウム、VitD内服
午後7時 Ipratropium吸入、メトフォルミン、カルシウム、VitD、ロバスタチン、Naproxen内服
午後11時 Ipratropium吸入
必要時 Albuterol吸入

 で、この患者において、ガイドライン上推奨される患者としてのタスクと医療者のタスクを列挙すると、以下の様になります。

患者のタスク

  • 関節保護、カロリー制限、
  • 運動~足病変があれが加重しない運動、骨粗しょう症があるので加重運動も
  • 毎日有酸素運動30分
  • 筋力強化
  • 関節可動域の維持
  • COPDを悪化させる環境因子への暴露を防ぐ
  • 適切な靴をはく
  • アルコールは控えめに
  • 正常の体重を維持する

医療者のタスク

  • ワクチン(肺炎球菌とインフルエンザ)
  • 受信時毎回血圧測定と可能なら自宅血圧測定指示
  • 血糖の自己測定の指導
  • ニューロパシーがある場合は受診ごとに足のチェック。ニューロパシーなければ、年に一度総合的な足のチェック
  • 検査(年に1回尿アルブミン、年に1~2回のCreと電解質測定、年に1回コレステロール測定、2年に一度肝機能検査、コントロール状態に応じて定期的なHbA1c測定)
  • 紹介~理学療法、眼科検査、呼吸器リハビリテーション、隔年でDEXA
  • 患者教育~足の観察とフットケアとOAに適した靴の選択、COPDに対する吸入療法の指導、DMの総合的指導

 患者も忙しい、医者も忙しい。タスクというか、アジェンダが一杯。これにもしPsychosocialな問題、例えば認知症とか、うつ病とか、あるいは介護問題とかからんでくると、めまいがしそうになるが、しかし、それはまったくもって毎日現前しているのですよね。

 

 しかし、こういう状態の方に対する診療報酬がもしガイドラインの推奨の実施に連動していたらどういうことになるでしょうか。場合によっては一番高いコストが取れるガイドラインに焦点をあてたケア計画になるかもしれません。Multimorbidityの時代のプライマリ・ケアにDRGなどがフィットしない大きな理由はそこにあります。
 さて、こうした患者のではケアの目標をどこにおくのか、おそらく根本的にはPatient experienceの重視、つまりは患者中心のアウトカム設定を共同で行うことが必要になるんだと思います。


文献 
Boyd, C. M., Darer, J., Boult, C., et al:.Clinical practice guidelines and quality of care for older patients with multiple comorbid diseases: implications for pay for performance. JAMA 294(6): 716-724, 2005

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