John GabbayとAndrée le Mayは英国のプライマリ・ケア診療のエスノグラフィー研究を約9年間にわたって行った*1。
非常に興味深いその結果を、いくつか紹介してみよう。
まず、GPの役割は以下の4つがあるとのこと。これらは全体に複雑で、混乱しやすく、同時に生じ、不測の事態が生じやすく、対立を生むこともあるとのことだが、この役割の記述は、日本の家庭医にもほぼあてはまると思う。
*Clinical Domain
診断、処方、検査、アドバイスと説明、紹介、アドボカシー
*Managerial Domain
リソース・人材・ロジの管理、質のモニタリングと改善、ITシステムの開発、契約や法的必要事項の遵守、プライマリ・ケア・トラスト(英国独自の制度です)の取り扱い、診療所スタッフのトレーニング
*Public Health Domain
疾患予防、スクリーニング、ヘルスプロモーション、健康教育、疾患サーベイランス、担当地域を知る
*Professional Domain
Keeping up to date、診療の振り返り、教育と指導、同僚ネットワークの涵養、家庭医療のプロモーション、信頼の維持
そして、彼らが見出したのは、家庭医(GP)の臨床的な判断は、いわゆる診療ガイドラインではなく、マインドライン(Mindlines)と呼ぶようなものに従っているということだった。このマインドラインは著者らの造語である。
この診療マインドライン(Clinical mindlines)とは、どういうものだろうか?
その定義は、Internalized collectively reinforced,partly tacit, guidelines-in-the-head that clinicians use to guide their practiceとされ、内在化されて、集合的に強化されており、部分的には暗黙知的であるような、臨床家が自身の診療をガイドしている「自分の頭のなかのガイドライン」がマインドラインである。その特徴を以下に列挙してみよう。
- フレキシブルで、融通が効き、実践的で、文脈を考慮している
- 非線形かつ合理的でパターン認識化されている
- これまでいわれてきた各種認知モデルとしての、「ヒューリスティック」「Illness script」あるいは「経験則(Rules of thumb)」に比べて、より幅広いものである
- 診療に影響をあたえる、フルレンジの要求や各種制限、複数の役割を考慮にいれている
- 他者の実践的な知識が一人の人間の認知に具現化している
- 複数の素材をKnowledge-in-practice-in-contextに変容させている
この診療マインドラインのイメージをJohn Gabbay and Andrée le Mayは以下のように図示している*2。
では、なぜ、リサーチエビデンスは家庭医のマインドラインに組み込まれないのか?その理由として彼らは以下のような理由を挙げている。
- リサーチエビデンス、およびそれを土台にした診療ガイドラインが
- 複数の役割を対象にしていない
- 実践的な知ではない
- フレキシヴィリティに欠ける
- コンテキストが単一である
- 長年かけて積み重ねられたマインドラインよりよいものとは思われない
- よく調べない限り、妥当とはみなされない
さらに、非常に興味深いのは、このマインドラインは、ソーシャルにあるいは組織的に他の医療者のマインドラインとリンクして、集合知を形成しており、集団的マインドラインとでもいえるようなものを、以下の図のようなイメージで、形成していることである。
このような集合知は「実践の共同体」(Wengerら)そのものともいえるだろう。
かれらのエスノグラフィーによるプライマリケアや家庭医療における診療マインドラインの発見は、教育や研究に非常に有用なフレームワークを与えてくれるだろうが、特にプライマリケアにおけるジェネラリストのナレッジマネージメント、生涯学習、Continuing professional developmentはどうあるべきかという疑問に大きなヒントを与えてくれると思われる。
家庭医がマインドラインをどのように涵養していくかについての研究は、これからの課題だろうが、僕自身の臨床経験からいえることは、このマインドラインというコンセプトは非常にしっくりくるということである。そして、マインドラインは、おそらく総合性、あるいはGeneralismの本質とつながっている。