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省察的実践家としての家庭医

省察的実践家とは何か

 医師の専門領域の細分化は、患者にきめ細かなサービスを提供できるようになるという利点があるが、複合的・領域横断的な複雑な問題に対応できなくなるというリスクがある。現代において、細分化と患者ニーズの複雑化が同時並行的に進む中、医師のあり方、さらには専門家のあり方そのものが問い直されている。例えば、医療の安全性の問題、QOL重視の医療など現代的な課題を考えるとき、旧来の医療のパラダイム、専門家パラダイムでは対応できない問題に直面しているともいえる。


 さて、専門分野の体系化された標準知識や原理をまず学び、これを現場の問題に「合理的」に「妥当性」をもって適用し、そうした経験を反復していくことで熟達していく専門家像(technical expert:技術的熟達者)が従来の専門家像であった。これは医師に関しても例外ではない。マサチューセッツ工科大学のドナルド・ショーンは、こうした専門家像に対抗した専門家のモデルとして、省察的実践家(reflective practitioner)というモデルを提唱した。
 ショーンの「専門家の知恵」(ゆるみ出版 2001年)によると、「現場で実践する専門家」の本当の専門性とは、現場の実践のなかに存在する「知と省察」それ自体にあるという。実践する専門家は自分のそれまでの知識や技術、能力、価値観を超える問題に直面した時、不安や戸惑いを感じる。この状況を突破するために、それまでの経験を総動員して何か行動を起こし、直面する状況に変化をもたらす。問題をなんとかしのいだ後に、今回直面した状況の変化を評価し、教訓(実践の理論)を導き出す。この繰り返しによって、「状況と対話」し、「行為の中の省察」を通じて、専門家は自ら学び、解決策を身につけ、発達していく。これがショーンのいう専門家モデル=省察的実践家である。

省察的実践家をどう育てるか
 省察的実践家理論は、医学教育において非常に大きな意味をもっている。それは、ショーンは、こうした反省的実践家を育てるためにはどういう教育が必要かを検討しているためであり、この教育モデルは、これまで日本の医学教育では、重要でありながら、軽視されてきた領域に光を当てるものだからである。
ショーンの教育論を筆者らが医学教育に適用したモデルを提示してみよう。

 

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 上の図は筆者らがショーンの省察的実践家の発達モデルを医学教育に応用するためにあえて簡略化したものである。この図のプロセスを説明しよう。

1. 医師は、フォーマルに学んだ知識や技術と、それまで蓄積した経験から得た実践の理論(theory in practice: clinical pearls, コツ、自分の基準などと称される)が統合された「zone of mastery」の領域に基づいて、毎日の業務を行っている。その時点でのzone of masteryで対処できる限り、医師は特にひっかかりなく時を過ごしていく。無意識に仕事がこなせる状態である。
2. しかし、医療現場では予想外のこと「the unexpected」、あるいは驚き「surprise」に出会うことが多い。予想外の病状の変化、予期せぬ患者の怒り、自分が経験したことのない問題への対処、チーム運営の障害など、それまでのzone of masteryでは自然には対処できないようなことに医師はしばしば出会う。
3. さて、予想外だから、あるいは準備不足だからといって、その場から逃げ出したり、問題を放置しておいたりするわけにはいかない。医師は、それまでの経験や知識を総動員し、その問題に対処するためのヒントを見つけようとする。あるいは、テキストを読みなおし、インターネットを通じてあたらしいガイドラインを見つけようとするかもしれない。あるいはより経験のある医師、あるいは関連スタッフにアドバイスやを求めに走るかもしれない。いずれにしても、こうした予期せぬ出来事に対処しているその時に、なんとかその場を切り抜けるためにおこなう一連の振り返りを行為の中の省察(reflection in action)と呼ぶ。
4. ここまでは、仕事をする人なら毎日行っているプロセスであろう。しかし、ショーンは省察的実践家として成長するためには、この段階まででは足りないとしている。省察的実践家として成長する専門家は、この驚きや予想外の事態が終了したあとの振り返りをきちんとやっているという。この事後的な振り返りを「行為に基づく省察」(reflection on action)という。事態が終わった後に「あの事態はなんだったのか」「どういう意味があるのか」というテーマについて、できればチームや同僚で、忌憚なく話し合ってみることが重要なのである。そして、この振り返りから新たな自分なりの実践の理論を導き出し、また自分のプロフェッショナルとしての成長の課題を見出し、学びの次のステップを具体的に設定してみるということが、reflection on actionの目的である。特にこの次のステップの設定は最も重要なものであり、自分自身の課題を認識し言語化するプロセスを近年「行為のための省察」(reflection for action)と呼ぶようになった。
5. 驚きや予想外の事に関するこれら3つの振り返りを行うことで、zone of masteryの領域は増加し、自然に行える仕事のレパートリーが増え、実践する専門家として「ひと回り大きくなった」ということができるのである。そして、近い将来、また新たな驚きとの出会いと学びが生じることになる。

 

省察的実践家としての医師の教育法
 上記のサイクルを繰り返し行っていくことで、省察的実践家としての「現場の専門家」が育つ。このモデルから、医学教育や卒後臨床研修、さらには生涯研修にとって重要な示唆を得ることができる。すなわち、医師の教育においては以下のポイントを押さえておきたい。
1. 日常業務上の「予想外のこと」「驚き」を重視する
(ア) 臨床経験のなかのSignificant events(自分にとって重要に思えた経験、出来事)を抽出する。
(イ) 気になったこと、心配なことに関してこまめにメモをとって蓄積する
2. 行為の中の省察を効果的に行う
(ア) 現場での学習者への時宜を得たフィードバックで振り返りを援助する。
(イ) マイクロスキルなどのフィードバック技法を指導者が学ぶ。
(ウ) インターネットなど高速な情報検索環境をそろえる。
3. 行為に基づく省察行う
(ア) 事後的に構造化された振り返りを行うセッションを恒常化させる。
(イ) 起きてしまった過去の批評のみを行うのではなく、学習者の未来の課題に焦点を当てた「行為のための省察」を行う。

省察的実践家としての家庭医
 この省察的実践家という専門家モデルは、家庭医にとって極めて親和性が高いといえる。それはなぜだろうか。
 家庭医の定義は、特定の個人、家族、地域に対して、継続的にかかわっていく仕事である。「成人高血圧の1例」を治療するというよりは、〇〇さんと長くつきあうというニュアンスがより強いといえる。個別性の領域に入れば入るほど、複雑性、決定不能性の色彩が強くなる。大規模な臨床研究から導き出されたエビデンスガイドラインで示された推奨された治療法でも、具体的に〇〇さんにそのまま適用できるわけではなく、「薬をのむことは自分に負けること」という価値観を○○さんが持っている場合、どういう判断が適切といえるだろうか?
 家庭医の意思決定プロセスに関する質的研究 によると、意思決定に影響を与えるのは、エビデンスだけでなく,以下に列挙するように多くの要因がある。これらの要因に関しては、いわば正解の無い、不確実性に満ちた領域である。技術的熟達者教育のように、なにか特定のコースを受講したり、文献をよんで原則を理解することだけでは、到底対応できない領域ともいえる。プライマリ・ケアの現場が不確実性にみちているという実質はここにある。

家庭医の意思決定要因

  • 医師の要因
  • 以前の臨床経験、自分自身の健康観、医療哲学
  • 患者の要因
  • 患者の解釈モデル、健康信念、背景因子
  • 患者医師関係
  • 患者とよい関係を続けることの重視
  • 言語的・非言語的コミュニケーション
  • 診察中の言葉や態度が意味するものに左右されることがある
  • Evidence-based medicine (EBM
  • 信頼のおける臨床研究
  • 外的要因
  • コストとメディア

 「実践する専門家の意思決定」について教育学者の佐藤学はおよそ以下のように述べている。

 「~である(to be)」という言説に代表される「説明」と「分析」という枠組から、「~すべき(ought to be)」という枠組にジャンプする過程が意思決定であり、これを規範的跳躍(normative leap)と呼び、この規範的跳躍を事後的に分析することが振り返りである。このプロセスで、データ(エビデンス)は解決のための「推奨」に変換され、事実は「価値」に変換される。家庭医の日常診療はこの規範的跳躍に満ちているのである。この跳躍には、「うまくいった側面」「うまくいかなかった側面」があり、また医師自身の感情を伴うプロセスでもある。これらを言語化することで、実践の理論(Theory in practice)を蓄積することができる。

 しかしこの「実践の理論」は高度に文脈依存性なため、他者には伝わりにくいが、不確実性に耐えなければならない家庭医の成長に不可欠なものなのである。

 

驚くことができる家庭医
 もし、医師があらかじめ自分の対応できる領域を設定し、それに合う患者を診ることを自分の仕事と設定するならば、ショーンの言うところの技術的熟達者型の生涯学習をしていけばいいだろう。自身の領域のアップデートを学会参加や、講習会、ジャーナルなどで行い、同じ領域の医師とグループを組み情報交換していけばよい。実はこれがサブスペシャル専門医の生涯学習のやり方である。しかし、家庭医は非選択的な健康問題への対応をその行動原則とする。いいかえれば、何に出くわすかわからない仕事なのである。持ち込まれる問題は、未分化であり、そもそも医学的問題ではないかもしれないし、自分がこれまでまったく経験したことがない問題かもしれない。こうした現場に対応できる専門家像は省察的実践家モデルであろう。
 家庭医療の現場は驚きにみちている。もし、驚くことはあまりないと感じているのなら、それは家庭医療ではないかもしれないと思った方がいいだろう。「驚くことができること」これが家庭医にもとめられる究極の臨床能力であるといえるかもしれない。

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こうし